2016年4月25日(月)
結婚42周年の二人旅に選んだ行き先は、群馬県の四万(しま)温泉。
四万温泉は前からずっと行きたかった温泉だが、これまでなかなかチャンスが無かった。
今回「ゆこゆこ」で探して印象の良かった「あやめや旅館」に宿をとった。
午前7時、横浜の自宅を出発。
いつもは第三京浜、環八、練馬から関越道に入るのだが、圏央道が開通したので、東名・横浜町田ICから東名に入り、海老名JCTで圏央道に乗り換え、鶴ヶ島JCTから関越道に乗るルートを選択した。
通勤の混雑を予想していたが、ルートは渋滞なし。出発して1時間半で関越道・鶴ヶ島JCTを通過、途中トイレ休憩をはさんで9時40分に沼田ICを下りた。
横浜から関越に乗るのはこのルートが断然早い。しかも今年の4月1日から高速の料金改定があって、どのルートを通っても料金はそんなに変わらなくなった。
沼田の市街地を少し走って、最初の目的地「沼田城址公園」に到着。
前回来たときは桜が満開だったが、今回はもうすっかり葉桜になっていた。
その代わり「つつじ」が見ごろを迎えていて、一歩公園に足を踏み入れた瞬間「ぅぉ~、きれい」。
葉桜の新緑とつつじの鮮やかな色、足元にはこれまた鮮やかな黄色や赤のチューリップ。芝桜のピンクも素晴らしい。
沼田城の初代城主は真田信幸(之)、真田昌幸の長男である。
今年のNHK大河ドラマ「真田丸」にあやかろうと、そこかしこに六文銭の旗印が立っている。
今は天守はおろか、城壁も残っていないが、遺構が数か所残っている。
40分ほど公園を散策して、次の目的地「月夜野びーどろパーク」へ向かう。
ここではガラス体験工房でオリジナル作品を作る計画である。
私はサンドブラストでジョッキに模様付けを、ワイフはカラーサンドキャンドル作りに挑戦。
どちらも係のスタッフがやり方を説明してくれるので、誰でもできそうだ。
サンドブラストの手順である。
まず絵柄のシールを選ぶ。シールは130種類以上のカット済みシートの中から好みの模様、アルファベットがチョイスできる。
それをジョッキの外側に貼り、細かな砂をガラスの表面に吹き付ける専用機の中に入れ手で支え、足踏みスイッチで砂を吹き付ける。
こうすることでガラスは曇りガラスになり、シールを剥がすとシール部分が透明のまま残り曇りガラスとのコントラストができる。
ワイフが挑戦したカラーサンドキャンドルである。
初めに色のついた砂数種類を地層のように容器(コップ)に入れ、別に購入するパーツ(魚、サンゴ、など)をその砂の上に置く。完成したら係の方がジェルを注いで固めてくれる。
サンドブラストは直ぐに持ち帰れるが、カラーサンドキャンドルはジェルが固まるまで30分ほどかかるので、その間にグラスアート美術館を見学した。
旅先で何か物を作るって記念にもなるし割と楽しい。
おなかもすいたし、予定通り「おおぎやラーメン沼田店」へ。
12時半過ぎに入ったのだが、8割ほどの入りで、見た感じは、ほとんどが地元民のようだった。
ランチメニューの「塩ラーメン&半チャーハン」と、おすすめの「ちゃんぽん」をオーダー。
ワイフが「塩ラーメン」、こちらが「ちゃんぽん&半チャーハン」の昼食となった。
昼食を済ませ、四万温泉への途中にある「ロックハート城」へ向かう。
ロックハート城は1988年、当時のソビエト・ゴルバチョフ元書記長の承諾を得て、30個のコンテナでシベリア鉄道を経由し、同年12月無事日本に到着しました。
以来3年、紆余曲折と延べ15,000人の建設スタッフにより幾多の困難を克服し、1993年4月6日遂に群馬県高山村に復元されました。
ヨーロッパの古城移築・復元は我が国で初めてのことで、これは俳優・津川雅彦氏とロックハート城オーナー・平井良明の「夢」のリレーにより完成したものです。
(公式HPより)
もともとイギリスに建てられた城を、なんの因果か日本に、しかも群馬の山の中に移築したようだ。
カップルで訪れたい観光地ランキングの上位にあるそうで、そのせいか、若い人が多く来ている。
石造りの城だけ見ていると、中世のイギリスにいるような気分になる。
面白かったのが、石のペイントアート。
河原などに転がっている石ころにペイントしただけの単純明快。
だが、実に味わい深い。まるで本物、石ころとは思えない。
自分も試してみたくなってくる。
が、絵心が無いことを思い出す。
石と対面した瞬間のインスピレーション、これが湧かないとダメなんだろうなぁ。きっと…。
これも石
さあ、今日の最終目的地「四万温泉」へ出発。
途中のセブンで部屋飲み用のビール、日本酒とツマミを買って、満開の山桜のなか一路四万温泉を目指す。
四万温泉は「ひなびた」温泉街だった。長野の渋温泉よりさらに昭和な建物が並んでいる。
ここらの宿に共通なのだが、宿専用の駐車場はなく、河原に造成したような共同の無料駐車場に車を止める。
川沿いに縦長の温泉街の入口に近い方に、目指す宿「あやめや旅館」はあった。
玄関をくぐると、正面のフロントから満面の笑みで大女将が迎えてくれた。
その瞬間に、この宿のおもてなしの心を五感が感じ取った。宿は大きさではない。
チェックインを済ませ、新館の角部屋10畳の和室に案内された。
部屋に荷物を置き、すぐに温泉街の散策に出かける。
さして広くない温泉街の中でも有名な「積善館」を外から見学。
ジブリ映画の「千と千尋の神隠し」のモデルの一つと言われている温泉宿で、300年の歴史があるそうだ。
ほとんどが木造建築の温泉街で四万グランドホテルの外観だけが唯一現代を感じる。
宿に戻り、最初の入湯。
湯は柔らかく、変なツンツン感はない。
散策の途中に飲泉所があったので少し飲んでみたが、甘みのような口当たりを感じた。
体の芯から温まる湯だ。
小ぶりの露天風呂
夕食は地産地消の料理が並ぶ。板さんの人柄の良さ、優しさがあふれている。
山間の温泉宿はこれでなきゃ。
山の中でマグロの刺身を出されても、ねぇ。
川魚の刺身、アユの姿焼き、天ぷらなどの山菜料理、このあたりで昔から食べられている家庭料理のようである。
私たちは晩酌派なので、少量多品種は最高の贅沢だ。
頃合いに出された焼き物
寝しなに、もうひと風呂浴びて就寝。
五月連休の直前のせいなのか、温泉街全体がひっそりとしている。
良い時に来た。
2016年4月26日(火)
翌朝、いつも通りの5時に目が覚めてしまったので、朝ぶろを浴びに行く。
この宿も昨夜は3組しか宿泊客がなく、風呂はいつ行っても貸し切り状態。
思いっきり手足を伸ばす。
朝食も地場の食材中心だ。しかも、おかずの種類が多い。
嬉しいことに「おかゆ」が並んでいる。
もしかしたら温泉で炊いているのかも知れない。
午前9時、チェックアウト。
玄関を出るときに若女将も顔を出し、大女将ともども、これまた満面の笑みで送り出してくれた。
ひさびさ家庭的な宿に巡り合えた感で、機会があれば季節を変えてまた来たくなる宿となった。
今日は、世界文化遺産に登録された「富岡製糸場」へ寄って横浜へ帰る予定である。
来た道を途中まで戻り、中之条の町から関越の渋川伊香保ICを目指した。
関越から上信越道に入り、富岡ICで降りて割とすぐ。
近くの有料駐車場に車を置いて、「富岡製糸場」へ。
あいにく団体さんと一緒になってしまったが、とにかく敷地が広い。団体さんが気にならない。
入口に一番近い建物が国宝の東繭倉庫(東置繭所)。現在1階部分が富岡製糸場の歴史の紹介、生糸の手紡ぎ実演などのディスプレイ会場となっている。
生糸を手で紡ぐ実演
とりあえず順路に従って見て回る。
団体さんにはボランティアガイドが付いていて立ち止まって案内を聞いている、その脇を追い抜いて次の建屋に向かう。
繰糸所の建屋内には操業当時の機械がそのまま残されている。
それまで手作業で糸を紡いでいたのを、機械でそれもほぼ全自動で紡ぐというのは画期的であったと思われる。
フランスから招いた技師の住居、診療所、寄宿舎(寮)などを見て回り、最後に修復中の西繭倉庫(西置繭所)へ行ってみた。
解体工事中の入口で、1人200円を支払い、渡された赤いヘルメットをかぶって建屋内に入る。
エレベータで3階に上がると、そこは屋根部分。
ちょうど屋根瓦がすべて降ろされて、屋根の板地がむき出しの状態だった。
床に書かれた順路に従い2階へ。
ここは窓部分を間近に見ることが出来た。
1時間ほど富岡製糸場を見て、昼食は近くにある高田(たかた)さんへカレーを食べに行く。
グーグルの地図と実際の場所が違っていて、少し迷ったがなんとか店を見つけた。
富岡製糸場の正面を出て左へまっすぐ、富士屋という食堂の角を右へ曲がると店がある。
「たかた」さんは富岡製糸場の工女さんが通ったと言われている老舗の食堂で、当時はハイカラだったであろうカレーが美味だと、ネットに載っていた。
メニューには地元食堂の定食が普通に並んでいたが、迷わずカツカレーとワイフは普通のカレーをオーダーした。
小麦粉からルーを作るというカレーの味はとにかく懐かしい。
子供のころに食べたカレーの味を思い出す。
大きな豚肉がゴロゴロ入り、溶けかけた玉ねぎとのマッチングが実に良い。
ネットには「辛口」とあったが、そうでもない。
ここも来てよかった。
横浜への帰りは上信越道を藤岡JCTまで戻り、関越、鶴ヶ島ICから圏央道、海老名JCTから東名、と往路を逆に走ってきた。
帰りも渋滞なしの順調で、富岡ICから横浜まで2時間だった。
結婚42周年の二人旅に選んだ行き先は、群馬県の四万(しま)温泉。
四万温泉は前からずっと行きたかった温泉だが、これまでなかなかチャンスが無かった。
今回「ゆこゆこ」で探して印象の良かった「あやめや旅館」に宿をとった。
午前7時、横浜の自宅を出発。
いつもは第三京浜、環八、練馬から関越道に入るのだが、圏央道が開通したので、東名・横浜町田ICから東名に入り、海老名JCTで圏央道に乗り換え、鶴ヶ島JCTから関越道に乗るルートを選択した。
通勤の混雑を予想していたが、ルートは渋滞なし。出発して1時間半で関越道・鶴ヶ島JCTを通過、途中トイレ休憩をはさんで9時40分に沼田ICを下りた。
横浜から関越に乗るのはこのルートが断然早い。しかも今年の4月1日から高速の料金改定があって、どのルートを通っても料金はそんなに変わらなくなった。
沼田の市街地を少し走って、最初の目的地「沼田城址公園」に到着。
前回来たときは桜が満開だったが、今回はもうすっかり葉桜になっていた。
その代わり「つつじ」が見ごろを迎えていて、一歩公園に足を踏み入れた瞬間「ぅぉ~、きれい」。
葉桜の新緑とつつじの鮮やかな色、足元にはこれまた鮮やかな黄色や赤のチューリップ。芝桜のピンクも素晴らしい。
沼田城の初代城主は真田信幸(之)、真田昌幸の長男である。
今年のNHK大河ドラマ「真田丸」にあやかろうと、そこかしこに六文銭の旗印が立っている。
今は天守はおろか、城壁も残っていないが、遺構が数か所残っている。
40分ほど公園を散策して、次の目的地「月夜野びーどろパーク」へ向かう。
ここではガラス体験工房でオリジナル作品を作る計画である。
私はサンドブラストでジョッキに模様付けを、ワイフはカラーサンドキャンドル作りに挑戦。
どちらも係のスタッフがやり方を説明してくれるので、誰でもできそうだ。
サンドブラストの手順である。
まず絵柄のシールを選ぶ。シールは130種類以上のカット済みシートの中から好みの模様、アルファベットがチョイスできる。
それをジョッキの外側に貼り、細かな砂をガラスの表面に吹き付ける専用機の中に入れ手で支え、足踏みスイッチで砂を吹き付ける。
こうすることでガラスは曇りガラスになり、シールを剥がすとシール部分が透明のまま残り曇りガラスとのコントラストができる。
ワイフが挑戦したカラーサンドキャンドルである。
初めに色のついた砂数種類を地層のように容器(コップ)に入れ、別に購入するパーツ(魚、サンゴ、など)をその砂の上に置く。完成したら係の方がジェルを注いで固めてくれる。
サンドブラストは直ぐに持ち帰れるが、カラーサンドキャンドルはジェルが固まるまで30分ほどかかるので、その間にグラスアート美術館を見学した。
旅先で何か物を作るって記念にもなるし割と楽しい。
おなかもすいたし、予定通り「おおぎやラーメン沼田店」へ。
12時半過ぎに入ったのだが、8割ほどの入りで、見た感じは、ほとんどが地元民のようだった。
ランチメニューの「塩ラーメン&半チャーハン」と、おすすめの「ちゃんぽん」をオーダー。
ワイフが「塩ラーメン」、こちらが「ちゃんぽん&半チャーハン」の昼食となった。
昼食を済ませ、四万温泉への途中にある「ロックハート城」へ向かう。
ロックハート城は1988年、当時のソビエト・ゴルバチョフ元書記長の承諾を得て、30個のコンテナでシベリア鉄道を経由し、同年12月無事日本に到着しました。
以来3年、紆余曲折と延べ15,000人の建設スタッフにより幾多の困難を克服し、1993年4月6日遂に群馬県高山村に復元されました。
ヨーロッパの古城移築・復元は我が国で初めてのことで、これは俳優・津川雅彦氏とロックハート城オーナー・平井良明の「夢」のリレーにより完成したものです。
(公式HPより)
もともとイギリスに建てられた城を、なんの因果か日本に、しかも群馬の山の中に移築したようだ。
カップルで訪れたい観光地ランキングの上位にあるそうで、そのせいか、若い人が多く来ている。
石造りの城だけ見ていると、中世のイギリスにいるような気分になる。
面白かったのが、石のペイントアート。
河原などに転がっている石ころにペイントしただけの単純明快。
だが、実に味わい深い。まるで本物、石ころとは思えない。
自分も試してみたくなってくる。
が、絵心が無いことを思い出す。
石と対面した瞬間のインスピレーション、これが湧かないとダメなんだろうなぁ。きっと…。
これも石
さあ、今日の最終目的地「四万温泉」へ出発。
途中のセブンで部屋飲み用のビール、日本酒とツマミを買って、満開の山桜のなか一路四万温泉を目指す。
四万温泉は「ひなびた」温泉街だった。長野の渋温泉よりさらに昭和な建物が並んでいる。
ここらの宿に共通なのだが、宿専用の駐車場はなく、河原に造成したような共同の無料駐車場に車を止める。
川沿いに縦長の温泉街の入口に近い方に、目指す宿「あやめや旅館」はあった。
玄関をくぐると、正面のフロントから満面の笑みで大女将が迎えてくれた。
その瞬間に、この宿のおもてなしの心を五感が感じ取った。宿は大きさではない。
チェックインを済ませ、新館の角部屋10畳の和室に案内された。
部屋に荷物を置き、すぐに温泉街の散策に出かける。
さして広くない温泉街の中でも有名な「積善館」を外から見学。
ジブリ映画の「千と千尋の神隠し」のモデルの一つと言われている温泉宿で、300年の歴史があるそうだ。
ほとんどが木造建築の温泉街で四万グランドホテルの外観だけが唯一現代を感じる。
宿に戻り、最初の入湯。
湯は柔らかく、変なツンツン感はない。
散策の途中に飲泉所があったので少し飲んでみたが、甘みのような口当たりを感じた。
体の芯から温まる湯だ。
小ぶりの露天風呂
夕食は地産地消の料理が並ぶ。板さんの人柄の良さ、優しさがあふれている。
山間の温泉宿はこれでなきゃ。
山の中でマグロの刺身を出されても、ねぇ。
川魚の刺身、アユの姿焼き、天ぷらなどの山菜料理、このあたりで昔から食べられている家庭料理のようである。
私たちは晩酌派なので、少量多品種は最高の贅沢だ。
頃合いに出された焼き物
寝しなに、もうひと風呂浴びて就寝。
五月連休の直前のせいなのか、温泉街全体がひっそりとしている。
良い時に来た。
2016年4月26日(火)
翌朝、いつも通りの5時に目が覚めてしまったので、朝ぶろを浴びに行く。
この宿も昨夜は3組しか宿泊客がなく、風呂はいつ行っても貸し切り状態。
思いっきり手足を伸ばす。
朝食も地場の食材中心だ。しかも、おかずの種類が多い。
嬉しいことに「おかゆ」が並んでいる。
もしかしたら温泉で炊いているのかも知れない。
午前9時、チェックアウト。
玄関を出るときに若女将も顔を出し、大女将ともども、これまた満面の笑みで送り出してくれた。
ひさびさ家庭的な宿に巡り合えた感で、機会があれば季節を変えてまた来たくなる宿となった。
今日は、世界文化遺産に登録された「富岡製糸場」へ寄って横浜へ帰る予定である。
来た道を途中まで戻り、中之条の町から関越の渋川伊香保ICを目指した。
関越から上信越道に入り、富岡ICで降りて割とすぐ。
近くの有料駐車場に車を置いて、「富岡製糸場」へ。
あいにく団体さんと一緒になってしまったが、とにかく敷地が広い。団体さんが気にならない。
入口に一番近い建物が国宝の東繭倉庫(東置繭所)。現在1階部分が富岡製糸場の歴史の紹介、生糸の手紡ぎ実演などのディスプレイ会場となっている。
生糸を手で紡ぐ実演
とりあえず順路に従って見て回る。
団体さんにはボランティアガイドが付いていて立ち止まって案内を聞いている、その脇を追い抜いて次の建屋に向かう。
繰糸所の建屋内には操業当時の機械がそのまま残されている。
それまで手作業で糸を紡いでいたのを、機械でそれもほぼ全自動で紡ぐというのは画期的であったと思われる。
フランスから招いた技師の住居、診療所、寄宿舎(寮)などを見て回り、最後に修復中の西繭倉庫(西置繭所)へ行ってみた。
解体工事中の入口で、1人200円を支払い、渡された赤いヘルメットをかぶって建屋内に入る。
エレベータで3階に上がると、そこは屋根部分。
ちょうど屋根瓦がすべて降ろされて、屋根の板地がむき出しの状態だった。
床に書かれた順路に従い2階へ。
ここは窓部分を間近に見ることが出来た。
1時間ほど富岡製糸場を見て、昼食は近くにある高田(たかた)さんへカレーを食べに行く。
グーグルの地図と実際の場所が違っていて、少し迷ったがなんとか店を見つけた。
富岡製糸場の正面を出て左へまっすぐ、富士屋という食堂の角を右へ曲がると店がある。
「たかた」さんは富岡製糸場の工女さんが通ったと言われている老舗の食堂で、当時はハイカラだったであろうカレーが美味だと、ネットに載っていた。
メニューには地元食堂の定食が普通に並んでいたが、迷わずカツカレーとワイフは普通のカレーをオーダーした。
小麦粉からルーを作るというカレーの味はとにかく懐かしい。
子供のころに食べたカレーの味を思い出す。
大きな豚肉がゴロゴロ入り、溶けかけた玉ねぎとのマッチングが実に良い。
ネットには「辛口」とあったが、そうでもない。
ここも来てよかった。
横浜への帰りは上信越道を藤岡JCTまで戻り、関越、鶴ヶ島ICから圏央道、海老名JCTから東名、と往路を逆に走ってきた。
帰りも渋滞なしの順調で、富岡ICから横浜まで2時間だった。