筒窓会・神戸市立筒井台中学校・昭和44年卒業生+宮本小学校、上筒井小学校41年卒業生集まれぇ~ブログ

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2017年12月15日 23時44分02秒 | 同窓会
花木さんからいただきました。

今日15日はとてもうれしいことがありました。私自身がうれしいだけで、記事をご覧の皆様にはどうってことはない。
しかし嬉しいので、ただ一方的に喜びを伝えるだけです。
写真は神戸大学附属病院10Fからの風景(大倉山公園と神戸駅方面)と虜囚の証です。
1)病院から大倉山

2)病院から南

3)虜囚の証(名前はぼかさせていただきました。しっかり名前はでていました。)


今年の正月のおみくじは中吉でしたが、「病:長し」となっていた。「長いが治る」ではない。

なんら自覚症状のないまま、病気の疑いをかけられ、5月に内科で検査入院。検査で軽い膵炎を患う。
診断の結果、内科では手に負えない、外科に回される。外科でまた検査入院、確実ではないが手術しか方法はない。
で、7月末に手術をした。病院の個室で1人で花火大会をみた。特等席だったけど、まことにつまらない花火であった。

入院予定の2週間が過ぎたところ(盆明けの頃)で、合併症が判明。これも全く自覚症状がない。ここからが「長し」であった。体の中から廃棄物を出すために直径7㎜ぐらいの管を取りつけ、手術の経過を見るために直径2㎜ぐらいの管を取り付け、2つのドレーン(ビニル袋状のもの)をぶら下げての生活であった。寝るのもトイレに行くのも、食堂に行って食事をとるときも、体の横にドレーンがついている。風呂には入れないので、シャワーを浴びるときもぶら下がっている。

医者は自然治癒を考えていたが、8月下旬になると再手術をしなければならないかも、ということになっていた。
いよいよ9月中旬になって、状態を考慮しながら10月になれば再手術という段階になった。と、急に廃棄物が出なくなり、医者から奇跡的に治癒しているといわれた。廃棄物用のドレーンを外し、10月に入って、経過観察用の管を、お腹の前に小さく巻いて6日に退院することになった。体の中から管が出たままである。

退院はしたけれど、寝にくい、体をひねられない、お腹を触られたくない、で不自由極まりない毎日が続いた。

で、今日病院で、鬱陶しい状況を訴えたところ「じゃ外しましょう。」と管が外れて、開放されました。
非常に体が軽くなり、気持ちよく正月を迎えることができる。手術から5か月半にわたる不自由からやっと開放されました。
この気持ちを判ってほしいとは思ってませんが、嬉しい気持ちを誰かれなく言いたいだけです。
まだ傷口がふさがってないけども、光明が見られた、とはこのことでした。
とっても気持ちがいい。

まぁ、大学病院なので、入院中は若くてベッピンな看護師に囲まれて、気持ちはよかったけどね。

以上です。
コメント (13)
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