ひろさちやさんの“「世逃げ」のすすめ”に引用されていた金子みすゞさんの詩「私と小鳥と鈴と」がどうも気に掛かかっていました。書店で立ち読みするつもりで「金子みすゞ童謡集」というのを手にとってパラパラとページをめくってみると、もう書棚に返すことができずそのまま買って帰り、99編の童謡集を一気に読み終えました。
私と小鳥と鈴と
金子みすゞ
私が兩手をひろげても、
お空をちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面(じべた)を速く走れない
私がからだをゆすつても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに、
たくさんな唄は知らないよ
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがつて、みんないい
みすゞの世界、そこに見つけたものはすべてを包み込む「慈愛」です。みすゞさんは詩人の鋭い感性だけでなく論理的な観察眼をも持ち合わせているように感じられます。そこには不思議なやさしさが存在するのです。彼女の詩を眺めているときだけでも綺麗な心になれるような気がします。
土
金子みすゞ
こツつんこツつん
打(ぶ)たれる土は
よい畠になつて
よい麥生むよ
朝から晩まで
踏まれる土は
よい路になつて
車を通すよ
打(ぶ)たれぬ土は
踏まれぬ土は
要らない土か
いえいえそれは
名のない草の
お宿をするよ
私と小鳥と鈴と
金子みすゞ
私が兩手をひろげても、
お空をちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面(じべた)を速く走れない
私がからだをゆすつても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに、
たくさんな唄は知らないよ
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがつて、みんないい
みすゞの世界、そこに見つけたものはすべてを包み込む「慈愛」です。みすゞさんは詩人の鋭い感性だけでなく論理的な観察眼をも持ち合わせているように感じられます。そこには不思議なやさしさが存在するのです。彼女の詩を眺めているときだけでも綺麗な心になれるような気がします。
土
金子みすゞ
こツつんこツつん
打(ぶ)たれる土は
よい畠になつて
よい麥生むよ
朝から晩まで
踏まれる土は
よい路になつて
車を通すよ
打(ぶ)たれぬ土は
踏まれぬ土は
要らない土か
いえいえそれは
名のない草の
お宿をするよ
世の中ボヤキたいことがたんとございます。年金・医療保険、することなすこと愚策ばかりの“アホ庁”はじめ道に迷うた”酷土交通省”にほんまに国民を守ってくれるんかいな”もうエエ省”。
聖火は世界のあちこちに揉め事の火種を撒き散らしよるし、イラクじゃまだ戦争続いてるし、ムチャクチャでござります。
あんさん仰るように”傍若老人”も蔓延ってますな。高齢者だけやなしに全世代で「仲間は大事やけど他人はどうでもいい」というような風潮になってませんか?嘆かわしいことでおます。