プラムフィールズ27番地。

本・映画・美術・仙台89ers・フィギュアスケートについての四方山話。

◇ 森見登美彦「熱帯」

2023年09月22日 | ◇読んだ本の感想。
やったなあ、森見登美彦。

一回り大きくなったと思うよ。もちろん今までの作品だってしっかり物語っていた。
でもこの作品はそれらにも増して稀有な「物語」。素晴らしい。

「千一夜物語」をモチーフとしている。
――その取り込み方がね。凡百ではないね。
千一夜物語風に書いた作品は世に数多いだろう。
そのアラビアの雰囲気を魅力的に取り入れた作品も多いだろう。
しかしここまで、なんというか、巧みに取り込んでいるのは見事ではないか。

物語の中の物語。物語から続く別の物語。
繰り返す。変奏する。物語がいつの間にか別の貌で語り出す。
いつまでも終わらない織物のように、紡ぎ続けられる縦糸と横糸――。

正直いって、何が書いてあるかはある意味では大変わかりにくい。
わかりにくいというか、わからない。
読みにくくはないが、読んでいるうちに見ているものが変わる。変貌する。

わたしはこの物語を最初に4分の3まで読んだ。その翌々日に残りを読んだ。
読み終わった後にまたすぐ最初に戻って読み始めたもんね。
何が書いてあるのか、最初はどういう話だったか、わからなくなってしまっていたから。

最初は森見登美彦の話なんだよ。
次に白石さんの話になって、次に池内さんの話になる。この3つは変奏曲。
第四章からは夢幻の世界。第五章とはおおよそ繋がっていると思う。
そして最終章――後記は、あの人の物語。
物語はウロボロスの蛇のように自分のしっぽを食べる。

この作品は、あと10回は繰り返して読めると思う。
基本再読はしないわたしがあと10回は読めると思ったのはなぜかというと、
この作品は読むたびに別な貌を見せると思うから。
内容さえ変わっているかもしれない。
覗きこんでも二度と同じ模様は映さない万華鏡。生成し続ける物語。

手元において、たまに何十ぺージか読んで、何ヶ月か経ってまたその続きから
何十ぺージかを読む。そんな読み方をしたい。

やったなあ、森見登美彦。


※※※※※※※※※※※※


――これは名作だけれども、しかし森見登美彦の1作目としては読まない方がいいよ。
なんというかねえ、普通の小説が絵巻物のようなものだとすると、
これはペルシャ絨毯ごときものだから。
「読む」という意味では絵巻物の方がすっきりわかりやすく楽しめる。
本作が難解というわけでは決してないが、ペルシャ絨毯を「読む」のはなかなか。

そしてもう1つ、読む人にお願いしたいのが、
2章、3章がミステリっぽく話が進むからといってミステリだと思わないように。
ミステリを期待して読むとがっかりするでしょう。これは万華鏡です。


わたしは前島信次訳の「千一夜物語」をはるか昔、読んだんだよね。
全13巻で、完訳を目指したものだけど訳者死去により途絶。

……いやー、これがね。とにかく長いから読むの大変。
そしてそこまで面白くもないという……。アラビアンナイトは何しろ
長大な物語の寄せ集めだから、玉石混交なわけですよ。
しかもけっこう石の部分が多い。これを全編面白く読める人は多分あまりいない。

でもこれを読んでいたからこそ、この「熱帯」の面白さも1割くらい増したと思うね。
「千一夜物語」の物語の物語を、森見登美彦がどう料理しているのかが見えて
愉快だった。
だがわたしは大団円まで読めてないわけなので、そこを残念に感じたが。


名作であると声高に言った上で、わたしの好みから小さな声でつけ加えておきたいが、
千夜さんの読みは「ちや」さんであって欲しかった。「千一夜」なんだからさ。
そして佐山尚一の名前もね。もう少し派手で良かったのではないか?
森見登美彦のことだから、あえて地味な名前を選んでつけたのだろうとは思うが、
なんかもそっとこう、うっすらと、ちなんだ名前の方がふさわしかったのではないかと。


森見登美彦と池上永一はいい書き手である。物語の愉悦。
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