見ぬもの清しと申しまして。
2サイクルエンジンの話です。
現在、2サイクルエンジンの乗り物はわずかな例外を除いて日本では生産されていま
せん。
輸入車か生産中止以前のものだけです。50ccのスクーターなんかではまだよく見られ
ますね。
360cc時代の軽自動車ではポピュラーでした。昭和50年頃までです。
平日の朝、出勤時間頃になると家々から白煙が上がりました。
軽自動車のエンジン始動です。
その頃は軽自動車も高価でしたし、皆律儀に暖気運転したものなので(今なら、その場
で何分もエンジンを回さないでゆっくり走り出すのが常識)、白煙は凄まじかったものです。
冬場は大抵、始動に失敗する人がいて、そんなときは皆で押してやったりしていました。
あ、押しがけって経験してない方もいらっしゃるかも。
煙もそうですが、音も結構うるさかったのです。
里帰りなどで、深夜、早朝に出たいときは、あらかじめ住宅地の外に車を停めておいて
そこまで歩いて行ってから発進したこともありましたっけ。
排ガスは臭いし、うるさいし、遅いし(2サイクルバイクはバカっ速が多かったけど)、あの
間抜けなポロンポロンというアイドリング音は今でこそ好きだけれど、あの頃はカッコ悪い
と思ったものです。
渋滞で、だんだんエンジンがカブってきて時々空ブカシしないとエンジンが止まるとか、
まあいろいろと欠点があったものです。
それだけに、単なる移動なのに妙な達成感があったりしてね。その手がかかるところ、
世話のかかるところが可愛いのですね。好きモノからすると。
最終期の2サイクルエンジン車はそれほど手はかからなくなっていたのがちょっと寂しか
った。
2サイクルエンジンのバイクがたくさんいた頃は、確かにうっとおしかったです。
ただでさえうるさくて臭いのに、チューンと称してさらにうるさくケムくする輩も多かったし。
だから、規制を受けるのも当然ではあります。
でも、忘れてはならないのは、僕らが何らかのエネルギー、動力を得る時には、ほとん
どの場合、環境負荷を強いているのです。程度の差こそあれ。
クリ-ンな動力と称される電気モーターだって、その電気の出所は10万年の汚染物質
と誰かの被曝という犠牲の上にある電気だったりするわけです。
電気機器の発する電磁波の害が明らかになっていくのはこれからでしょう。
見ぬもの清し
誰しもキレイが良いと思うわけですが、本当にキレイにする努力と汚い部分を隠すことは
大抵同時に行われています。隠す方が楽ですから。
目に見えない、音も臭いもしない、ただちに何かが起こるわけじゃないけどそう簡単に消え
ない汚染物質も絶賛増加中ですよね。
クリーンなんとかだのグリーンなんとかだのの名前の裏に結構汚いことが隠れているわけ
です。
都会ではもはや2サイクルエンジンに遭遇する確率は低いのでしょうが、旧型スクータ
ーや、街路樹の剪定なんかで2サイクルエンジンのチェ-ンソーやヘッジトリマを見か
けることがあるかも知れません。
田舎では未だによくありますし、持っている方も多いでしょう。
あの独特の音と臭いに出会った時、不快に感じることでしょうけど、僕らが動力を、エネル
ギーを得るということの罪深さについてちょっと思いを馳せてみてください。
とまあ、これからまた薪を切りに行って来るんですけどね。
ちょっと気紛れだけど、ちゃんと向き合えばよく働いてくれるエンジンのチェーンソーでね。
これからは刈り払い機の出番が来ます。もちろん2サイクルエンジンなのですけど、コ
イツはまたちょっと面白いタイプでね。
その話はまた。
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僕が所有したバイクって2サイクル4サイクルを問わず、すべて、低速型の実用エンジンでした。
初代ヤマハRZ250にちょっと乗らせてもらったことがありますが、アレはゆっくり走れなかったですね。バイクがもっと早くと要求してくるような感じでした。
しっかり回してやらないとエンジンがくすぶってきましたし。
最近、ちょっと前の125ccあたりの思いっきりよくフケるヤツなんか所有してみたいと思ったりもします。