孔明は夏侯楙の計略を逆手にとって南安を攻略。南安には呉懿をとどめ、安定の守りに劉琰を派して、魏延と交代させ、天水郡へ進発した。孔明いわく、

孔明は偽の使者を天水へつかわし、その守備兵を南安へ向かわせようと画策した。天水の太守馬遵はこれを信じ、
「どうか、夏侯駙馬へは、御前態よろしくお願い申しあげる」
と、その場で、誓書をしたためて、彼の手に託した。裴緒(引用者注:孔明がつかわした偽の使者)は尊大に構えて、
「よろしい。ではそのようにお伝えしておくが、安定郡の崔諒は、すでに兵を出している時分。おくるることなく、直ちに、全軍の兵を発して、孔明のうしろを脅かされよ」
と、念を押して帰った。廻文はその日に発せられた。天水郡の各地から、続々将兵が集まってくる。二日の後、勢揃いして、馬遵自身も、いよいよ城を出ようとした。
(参考文献:吉川英治『三国志』)