一昨日の話。
じいちゃんが15時に小腹が空いた、というから、
食パンを焼いてハチミツかけて、
じいちゃん食べていたら、
まるちゃんが、ハチミツー!!と近づいてきて、
あかん、ちょっと待って今イチゴを用意してるからー!
て言ってたんだけど、
じいちゃんがいつの間にかパンをあげてて、
あー遅かったー!!
でも、まぁちょっとくらいいいかー!
と楽観的にしていた日の夜、
案の定寝る前に
チョーハイテンションの
キャーキャー笑って、
何も面白いこともないのに、笑って笑って、
ちょっと頭コンコンしながら、
30分くらいで、疲れて寝てた
やっぱり小麦を食べると、
まるちゃん、こうなります
以後気をつけます
今日は、阪神淡路大震災から20年がたちました。
まだ中学二年生だった私でしたが、
あの日のことは忘れられません。
地震が起きる前日まで、怖いテレビを見て、怖がりだった私は、
なぜかベッドではなく、畳に布団をひいて寝てました。
その方が、怖さも軽減して不思議と落ち着いたんです。
でも、あの日は寝る前に面白いドラマを見ていて怖さも吹っ飛び、
ようやくまたベッドで寝れるようになり
下(畳)ではなくベッドで寝てました。
そして、地震がくる数分前に目が覚めていた私。
いつもはこんな時間に目がさめることなんてないのに。
そしてまた寝ようとして目をつぶった時に、揺れがきました。
今でもあの揺れは忘れられません。
ベッドから落っこちそうになるほどの、強い揺れでした。
揺れが収まり、暗闇の中、父と母が
私と姉を呼ぶ声がしました。
見ると前日まで寝ていたところには
テレビが落ちていて、
もし、下で寝ていたらちょうど頭のところにテレビが落ちていたんだ、と思うと
ゾッとしました。
すぐに起きてリビングに行こうとしたけど、
食器棚から食器が落ちて割れていて、
うまく行くことができず。
家族は全員無事でした。
それからすぐに母とマンションの下に降りて、
そしたらみんな近所の人たちも出てきてて、
大丈夫だった?怖かったね!なんて
話してました。
母と車でラジオを聞いて、
みんな、まわりは明け方に外でざわざわしてて
これは大変なことが起きた!
と、子供ながらに感じたものでした。
学校は1カ月近く休みだったけど
地震後はじめて登校した中学の校庭には大きな亀裂も入っていて
本当にすごい揺れだったんだと、あらためて実感しました。
校区は違うけど少し離れた長田では、火災もひどく
テレビで見た、高速道路が倒壊していた映像は、今でも鮮明に覚えてます。
水もしばらく断水で、一週間以上お風呂も入れず、
でもトイレは、前日のお風呂の水があったので、使えてました。
母の知り合いの地区は、早くに水が出ていたのでお風呂を借りに行ったりして
電気は意外に早く復旧していました。
友人もみな無事で
知り合いでこの地震で亡くなった人はいませんでしたが、
本当にたくさんの命が一瞬で奪われました。
今年はまるちゃんの体調が悪く
追悼式には行けなかったけど、
朝から黙とうをして、
あの日のことを思い出していました。
絶対忘れない。
まるちゃんがもう少し大きくなって、わかるようになったら
あの日のことを語り継いでいく。
地震の怖さも、あの時のまわりの人たちの優しさも。
そして、、
寝る場所には大きな家具は置かない!
食器棚は開かないよう、100均の開閉防止のフックをつける!
ラジオと懐中電灯はまとめて置いておく。
水、缶詰めなど用意しておく。
などなど、災害への備えについて、
再確認することも大事ですね。
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じいちゃんが15時に小腹が空いた、というから、
食パンを焼いてハチミツかけて、
じいちゃん食べていたら、
まるちゃんが、ハチミツー!!と近づいてきて、
あかん、ちょっと待って今イチゴを用意してるからー!
て言ってたんだけど、
じいちゃんがいつの間にかパンをあげてて、
あー遅かったー!!
でも、まぁちょっとくらいいいかー!
と楽観的にしていた日の夜、
案の定寝る前に
チョーハイテンションの
キャーキャー笑って、
何も面白いこともないのに、笑って笑って、
ちょっと頭コンコンしながら、
30分くらいで、疲れて寝てた
やっぱり小麦を食べると、
まるちゃん、こうなります
以後気をつけます
今日は、阪神淡路大震災から20年がたちました。
まだ中学二年生だった私でしたが、
あの日のことは忘れられません。
地震が起きる前日まで、怖いテレビを見て、怖がりだった私は、
なぜかベッドではなく、畳に布団をひいて寝てました。
その方が、怖さも軽減して不思議と落ち着いたんです。
でも、あの日は寝る前に面白いドラマを見ていて怖さも吹っ飛び、
ようやくまたベッドで寝れるようになり
下(畳)ではなくベッドで寝てました。
そして、地震がくる数分前に目が覚めていた私。
いつもはこんな時間に目がさめることなんてないのに。
そしてまた寝ようとして目をつぶった時に、揺れがきました。
今でもあの揺れは忘れられません。
ベッドから落っこちそうになるほどの、強い揺れでした。
揺れが収まり、暗闇の中、父と母が
私と姉を呼ぶ声がしました。
見ると前日まで寝ていたところには
テレビが落ちていて、
もし、下で寝ていたらちょうど頭のところにテレビが落ちていたんだ、と思うと
ゾッとしました。
すぐに起きてリビングに行こうとしたけど、
食器棚から食器が落ちて割れていて、
うまく行くことができず。
家族は全員無事でした。
それからすぐに母とマンションの下に降りて、
そしたらみんな近所の人たちも出てきてて、
大丈夫だった?怖かったね!なんて
話してました。
母と車でラジオを聞いて、
みんな、まわりは明け方に外でざわざわしてて
これは大変なことが起きた!
と、子供ながらに感じたものでした。
学校は1カ月近く休みだったけど
地震後はじめて登校した中学の校庭には大きな亀裂も入っていて
本当にすごい揺れだったんだと、あらためて実感しました。
校区は違うけど少し離れた長田では、火災もひどく
テレビで見た、高速道路が倒壊していた映像は、今でも鮮明に覚えてます。
水もしばらく断水で、一週間以上お風呂も入れず、
でもトイレは、前日のお風呂の水があったので、使えてました。
母の知り合いの地区は、早くに水が出ていたのでお風呂を借りに行ったりして
電気は意外に早く復旧していました。
友人もみな無事で
知り合いでこの地震で亡くなった人はいませんでしたが、
本当にたくさんの命が一瞬で奪われました。
今年はまるちゃんの体調が悪く
追悼式には行けなかったけど、
朝から黙とうをして、
あの日のことを思い出していました。
絶対忘れない。
まるちゃんがもう少し大きくなって、わかるようになったら
あの日のことを語り継いでいく。
地震の怖さも、あの時のまわりの人たちの優しさも。
そして、、
寝る場所には大きな家具は置かない!
食器棚は開かないよう、100均の開閉防止のフックをつける!
ラジオと懐中電灯はまとめて置いておく。
水、缶詰めなど用意しておく。
などなど、災害への備えについて、
再確認することも大事ですね。
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