最近思うこと、
それは、無意味に公務員たたきをしている人って、
公務員になれなかった自分を、どこかで後悔しているんじゃないかってこと。
大企業の少ない沖縄で生まれ育ち、特に親からの財産やコネなども
ない一般ピープルの子供たちが憧れの的とするのは、今も昔も”公務員”ではないか。
特に好景気を知らない私たちの世代の中には、将来は公務員だー的なことを
耳タコなくらい聞かされてきた人も多いのでは。
実は私も、親から公務員のすゝめを受けた一人だ。
しかし、現実を知らないダイガクセーであった私は、安泰とか、年功序列とかっていう言葉が
そう好きになれず、逆に起業とか独立とか、成果主義とかキャリアとか、その類の言葉に
惹かれていった。
だから、大学3年の時に、公務員の予備校代を出してあげるから、
公務員受験してみないか?といってくれた父の
愛情(?)を見事に振り切り、いわゆる民間で飯を喰っていくことを覚悟した。
民間企業に入る時も、自分自身にいいきかせた。
嫌なことがあっても、決して公務員を羨ましがらないと。
でも、仕事で心折れそうになったり、結婚、出産などで人並みの段階を踏みながら過ごして
みると、”公務員”に憧れた日がないと言ったら嘘になる。
しかし、就職先は、結婚同様、自分の意思で決めたこと。
給与、雇用形態、社会的身分、いろんなことを総合して、
自分が下した判断の結果だったら、”自己責任”の四文字を心の支えに、
生き抜いていける気がする。
もしあの大学3年の時、親の稼いだお金で予備校へ通い、
予備校の先生に与えられた課題を真面目に取り組んで、
安泰だけを目的に地方公務員になって、
親の言うとおりに公務員の人を好きになって結婚していたとしたら。
私の場合は、、、
仕事や結婚がうまくいっているうちは、親に感謝するだろうけど、
仕事や結婚で躓いたら、その責任すべてを親や周囲のせいにするような、
アホな大人になっていたと思う。
歴史にもしもはないが、仮に”もしも”を頭の中で繰り返したとしても、
最終的には、今まで自分が選択してきた道を、こじつけでもいいから
「これでいいのだ」って思わないと、生きていけないこともあるんだと
思うのである。
だからこそ、無意味に、ここぞとばかりに、朝、みのもんたが言ってることに
触発されたかのように、お役所の窓口や電話口で、
理不尽な内容で公務員たたきをしている(楽しんでいる?)
人をみると、なんだか、なんだか、
公務員になりたかったのかな。
あ~、かわいそうな人ォ~って
冷ややかな目で見てしまう。
「あんな大人になってはいけませんよ」
息子が小学高学年になるころには、こうやって、
理不尽な大人を反面教師の材料にでもしようかと思っている。