陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「君と舞う永遠の空」(二)

2007-09-24 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

年代物の時計の古寂びた鐘音に妨げられて、ふたりの会話の糸がとぎれてしまった。
話のつづきを思い出しかねて口をもどかしく動かしている姫子を見かねて、千歌音のほうから慈しみのある言葉を編んだ。

「とてもすてきな物語だったわ。とくに天使のキスで女の子が蘇ってしまうところがすばらしくて。紹介してくれてありがとう、姫子」

女の子どうしが、衒いなくキスできる世界。なんて羨ましいのだろうと千歌音には思える。でも、もう姫子にほんとうを貰っているのだから、架空の人物を妬ましく思ったりなんかしない。

「うん、うん。女の子が囚われの天使の女の子を助けにいくところとか、すごくいいんだよ。あとね、お気に入りなのは197頁のここ。ふたりが離ればなれになっちゃう前に、アトリエで密会するシーン。お絵描きする女の子の台詞がね、とてもすてきで感動しちゃうの」

姫子はすこし言葉の間をおいて、得意げに情感をたっぷりこめて、甘い唇からその台詞をつむいだ。少しとちりながら。

「ね、どう?すごくいい台詞でしょ。おもわず口ずさみたくなっちゃうくらい」
「そうね。でも、ごめんなさい。今のはよく聞こえなかったの。もう一度聞かせてくれない?」
「うん、いいよ。じゃあ、今度はもっと、おおきな声でゆっくり言うね」

瞳を閉じて世界を塞ぎ、その言葉の余韻を耳にとどめながら、姫子の声に聞き惚れた千歌音はその後も二度三度と復誦をせがんだ。その意味深めいた微笑みのなかにこめられた意図を、さすがの鈍い姫子も感じていた。五度目にはこう言い直していた。

「『千歌音ちゃん、わたし大丈夫。震えるほど怖くたって、泣きたくなるほど痛くたって、そんなのちっとも大したことじゃないよ。千歌音ちゃんを大好きなこの気持ちだけは誰にも塗り潰せないんだから。絶対、絶対できないんだから。たとえ何回引き裂かれたって、わたしたちはまた出逢って恋に落ちるの。ずっとずっと永遠が終わっても、わたしは千歌音ちゃんの…姫子だよ』」

千歌音が満足げな微笑みをたたえて、姫子をみつめながら即座に台詞を返した。もちろん姫子を後ろから抱きすくめて、人さし指で互いの胸を指し示しながら。

「『心配しないで、姫子。どんなに遠くに飛ばされたって大丈夫。どんなに掻き乱されたって平気。本当の私はちゃんといるわ…ここと、ここにね。だから絶対帰ってこれる、迷わないで帰ってくる。何があっても姫子のところに』」

それぞれの台詞をいい終えたふたりは、微笑みを交わしてくすくすと鈴の転がるような愛くるしい声を洩らしあった。

「千歌音ちゃん、すごいね。漫画を一目見ただけで台詞もしぐさも完璧に覚えてるなんて。今年の学園祭のお芝居のときもそうだったね。すらすら言えて。すごいよ、千歌音ちゃんは。わたしなんて、台詞少ない村人の役だったのに、最後まで脚本が手放せなかったんだよ」
「ふふ。この漫画の台詞はね、とても印象的で言葉が深いから、すぐに頭にはいったみたい。学園祭のお芝居は、姫子がいっしょに練習してくれたからうまくいったのよ。姫子とふたりなら、私は何だって頑張れる」
「あ、あのね。もし、嫌じゃなかったらなんだけど…千歌音ちゃんに今度この漫画のドラマに出演しないかってお誘いがあるの」
「私が…?」
「あの、一応ね…わたしもいっしょってことで。千歌音ちゃんがこの天使の役なんだって。監督さんが学園祭のお芝居の千歌音ちゃんの演技をみて、ぜひ演じてもらいたいって言ってるらしいの。イメージぴったりらしくて。あっ、でも姫宮家のこととか、クラブとか生徒会のお仕事とかいろいろ忙しいならお断りしてもいいんだよ」
「姫子といっしょなら、姫子がこの絵描きの女の子役なら、ぜひ出てみたい。ううん、ぜひ出演させてちょうだい」
「わ、ほんとうに?」
「ええ、ほんとうよ。貴女の好きな『千歌音ちゃん』にお芝居している私も、加えてほしいの」
「うんっ、どんな千歌音ちゃんも大好きだよ!」


いつも誰か別の仮面のように、白い自分の顔をかぶっている私がいた。
でも、もう私は自分を欺かない。気持ちを偽ったりしない。姫子と同じ舞台なら、たとえ誰を演じていようと、姫子の前ではほんとうになれるのだから。本当の私はどこにも行かないのだから。もう姫子の前で、想いを嘘にはしないと誓ったのだから。だから、きっと何かを演じても、私じゃない生き物であっても、姫子は演じる私を好きになってくれる。物語がどんな結末をむかえても最後まで信じてくれる。月と地球までの距離を縮めて、千年の時間の隔たりを超えて、私たちはまた出逢えたのだから。月の牢獄に飛ばされても、別れの剣にひき裂かれても、定めの辛さにこころ乱されても、私は姫子の元へこうして帰ってこれたのだから。

はしゃぐような笑顔をみせる姫子の横で、千歌音はそんな想いを強くしていた。


──姫宮千歌音はこのとき、知る由もなかった。来栖川姫子の笑顔に導かれて喜んで応じたドラマ出演が、巫女の宿命にも勝るとも劣らぬおそろしい苦役の連続であったということに……。



【目次】神無月の巫女×京四郎と永遠の空二次創作小説「君と舞う永遠の空」





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