くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

ショートくりぃーむ(1)

2008-01-27 23:56:27 | Weblog
『荒野の自動販売機』

 一台の赤い自動販売機がありました。
 誰もいない、熱い風が吹きつける荒野の砂の上です。
 いつからここにあるのか、知る人はいません。
 いつからここにいるのか、自分でもわかりません。
 お客さんは、来たことがありません。ときどき、小さなトカゲが日陰で休みに来るくらいです。
 話しかけようとしますが、ブーンと低くうなるばかりで、逆に怖がらせてしまいます。
 眠っているように見えますが、ちゃんと起きています。居眠りする時もあるけれど、それはないしょです。
 青い空に浮かぶ雲を見上げて、ブーンと歌うことがあります。
 ブーンブーンと体を震わせながら大きな声を出すと、なんだか気持ちがスッとします。

 ある日の夜。月明かりの中、傷ついた山猫がふらりとやってきました。少し熱があるようです。
 山猫は、自動販売機の足下に倒れると、ぐったりとして、そのまま眠ってしまいました。
 次の日も、その次の日も、山猫はぐったりとしたまま、体を起こすこともできず、目もうつろでした。
 自動販売機は無関心なふりをしながら、山猫の様子をそっと横目でうかがっていました。
 空のどこからか、飢えたハゲタカが静かに舞い降りてきました。じっと、山猫をねらっています。
 鋭い、刃物のようなくちばしが間近に迫っても、山猫は目を覚まそうとしませんでした。
 思わず、自動販売機は重たい体を左右に揺らし、大きな声をブブーンと上げました。
 驚いたハゲタカは、あわてて空に飛び上がり、間一髪、山猫は鋭いくちばしの一撃から逃れました。
 恨めしそうなハゲタカは、高い空から山猫の様子をうかがって、決してあきらめようとしませんでした。
 この次にハゲタカが襲ってきたら、もう助けてあげられないかもしれませんでした。
 なにか、自分にできることはないだろうか――。ただ黙って見ていることは、できませんでした。
 誰かが胸のボタンさえ押してくれれば……。いいえ、コインを入れなければ、なにも出てはこないのです。
 ――ふと、自動販売機は不思議に思いました。果たして、本当にそうなのでしょうか?
 それまで、考えもしないことでしたから、自分でもどうしていいか、困り果ててしまいました。
 いろいろ試してみるしか、ありませんでした。
 聞いたこともない呪文を唱えても、なにも起こりませんでした。
 ギュッと目をつむって力んでみましたが、息が苦しくなるのでやめました。
 日に日に弱っていく山猫を見て、ハゲタカもだんだん近づいてくるようになりました。
 残された時間は、もうあとわずかでした。
 自動販売機はうん、と力をこめて、勢いよく体を震わせました。
 自動販売機はうん、ともう一度力をこめて、勢いよく体を震わせました。
 自動販売機はもっとうん、と力をこめて、もっともっと勢いよく体を震わせました。
 すると、お腹のあたりがタプタプ音を立て、ドボンドボンと水があふれ出てきました。
 自分でも驚いた自動販売機は、続けてうん、同じように力をこめて、また勢いよく体を震わせました。
 ゴロンゴロンと、ひと塊の食べ物が出てきました。
 自動販売機が声をかけるまでもなく、水と食べ物の匂いに気がついて、山猫は目を開けました。
 山猫は、自動販売機が出した水や食べ物を口にすると、みるみるうちに元気を取り戻していきました。
 空から様子をうかがっていたハゲタカは、元気になっていく山猫を見て、いつの間にか姿を消していました。

 山猫が立ち去った後、しばらくはいつもの荒野が戻ってきました。
 噂を聞きつけた生き物達が、ふらり、と自動販売機を訪ねてやってくるようになりました。
 自動販売機は、ブーンと体を震わせて、自慢の歌を聴かせてあげました。
 お腹をすかせた生き物には、なにか食べ物を出してあげたりもしました。
 それからというもの、自動販売機の周りは、たくさんの友達の笑顔であふれるようになりました。
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