『荒野の自動販売機』
一台の赤い自動販売機がありました。
誰もいない、熱い風が吹きつける荒野の砂の上です。
いつからここにあるのか、知る人はいません。
いつからここにいるのか、自分でもわかりません。
お客さんは、来たことがありません。ときどき、小さなトカゲが日陰で休みに来るくらいです。
話しかけようとしますが、ブーンと低くうなるばかりで、逆に怖がらせてしまいます。
眠っているように見えますが、ちゃんと起きています。居眠りする時もあるけれど、それはないしょです。
青い空に浮かぶ雲を見上げて、ブーンと歌うことがあります。
ブーンブーンと体を震わせながら大きな声を出すと、なんだか気持ちがスッとします。
ある日の夜。月明かりの中、傷ついた山猫がふらりとやってきました。少し熱があるようです。
山猫は、自動販売機の足下に倒れると、ぐったりとして、そのまま眠ってしまいました。
次の日も、その次の日も、山猫はぐったりとしたまま、体を起こすこともできず、目もうつろでした。
自動販売機は無関心なふりをしながら、山猫の様子をそっと横目でうかがっていました。
空のどこからか、飢えたハゲタカが静かに舞い降りてきました。じっと、山猫をねらっています。
鋭い、刃物のようなくちばしが間近に迫っても、山猫は目を覚まそうとしませんでした。
思わず、自動販売機は重たい体を左右に揺らし、大きな声をブブーンと上げました。
驚いたハゲタカは、あわてて空に飛び上がり、間一髪、山猫は鋭いくちばしの一撃から逃れました。
恨めしそうなハゲタカは、高い空から山猫の様子をうかがって、決してあきらめようとしませんでした。
この次にハゲタカが襲ってきたら、もう助けてあげられないかもしれませんでした。
なにか、自分にできることはないだろうか――。ただ黙って見ていることは、できませんでした。
誰かが胸のボタンさえ押してくれれば……。いいえ、コインを入れなければ、なにも出てはこないのです。
――ふと、自動販売機は不思議に思いました。果たして、本当にそうなのでしょうか?
それまで、考えもしないことでしたから、自分でもどうしていいか、困り果ててしまいました。
いろいろ試してみるしか、ありませんでした。
聞いたこともない呪文を唱えても、なにも起こりませんでした。
ギュッと目をつむって力んでみましたが、息が苦しくなるのでやめました。
日に日に弱っていく山猫を見て、ハゲタカもだんだん近づいてくるようになりました。
残された時間は、もうあとわずかでした。
自動販売機はうん、と力をこめて、勢いよく体を震わせました。
自動販売機はうん、ともう一度力をこめて、勢いよく体を震わせました。
自動販売機はもっとうん、と力をこめて、もっともっと勢いよく体を震わせました。
すると、お腹のあたりがタプタプ音を立て、ドボンドボンと水があふれ出てきました。
自分でも驚いた自動販売機は、続けてうん、同じように力をこめて、また勢いよく体を震わせました。
ゴロンゴロンと、ひと塊の食べ物が出てきました。
自動販売機が声をかけるまでもなく、水と食べ物の匂いに気がついて、山猫は目を開けました。
山猫は、自動販売機が出した水や食べ物を口にすると、みるみるうちに元気を取り戻していきました。
空から様子をうかがっていたハゲタカは、元気になっていく山猫を見て、いつの間にか姿を消していました。
山猫が立ち去った後、しばらくはいつもの荒野が戻ってきました。
噂を聞きつけた生き物達が、ふらり、と自動販売機を訪ねてやってくるようになりました。
自動販売機は、ブーンと体を震わせて、自慢の歌を聴かせてあげました。
お腹をすかせた生き物には、なにか食べ物を出してあげたりもしました。
それからというもの、自動販売機の周りは、たくさんの友達の笑顔であふれるようになりました。
一台の赤い自動販売機がありました。
誰もいない、熱い風が吹きつける荒野の砂の上です。
いつからここにあるのか、知る人はいません。
いつからここにいるのか、自分でもわかりません。
お客さんは、来たことがありません。ときどき、小さなトカゲが日陰で休みに来るくらいです。
話しかけようとしますが、ブーンと低くうなるばかりで、逆に怖がらせてしまいます。
眠っているように見えますが、ちゃんと起きています。居眠りする時もあるけれど、それはないしょです。
青い空に浮かぶ雲を見上げて、ブーンと歌うことがあります。
ブーンブーンと体を震わせながら大きな声を出すと、なんだか気持ちがスッとします。
ある日の夜。月明かりの中、傷ついた山猫がふらりとやってきました。少し熱があるようです。
山猫は、自動販売機の足下に倒れると、ぐったりとして、そのまま眠ってしまいました。
次の日も、その次の日も、山猫はぐったりとしたまま、体を起こすこともできず、目もうつろでした。
自動販売機は無関心なふりをしながら、山猫の様子をそっと横目でうかがっていました。
空のどこからか、飢えたハゲタカが静かに舞い降りてきました。じっと、山猫をねらっています。
鋭い、刃物のようなくちばしが間近に迫っても、山猫は目を覚まそうとしませんでした。
思わず、自動販売機は重たい体を左右に揺らし、大きな声をブブーンと上げました。
驚いたハゲタカは、あわてて空に飛び上がり、間一髪、山猫は鋭いくちばしの一撃から逃れました。
恨めしそうなハゲタカは、高い空から山猫の様子をうかがって、決してあきらめようとしませんでした。
この次にハゲタカが襲ってきたら、もう助けてあげられないかもしれませんでした。
なにか、自分にできることはないだろうか――。ただ黙って見ていることは、できませんでした。
誰かが胸のボタンさえ押してくれれば……。いいえ、コインを入れなければ、なにも出てはこないのです。
――ふと、自動販売機は不思議に思いました。果たして、本当にそうなのでしょうか?
それまで、考えもしないことでしたから、自分でもどうしていいか、困り果ててしまいました。
いろいろ試してみるしか、ありませんでした。
聞いたこともない呪文を唱えても、なにも起こりませんでした。
ギュッと目をつむって力んでみましたが、息が苦しくなるのでやめました。
日に日に弱っていく山猫を見て、ハゲタカもだんだん近づいてくるようになりました。
残された時間は、もうあとわずかでした。
自動販売機はうん、と力をこめて、勢いよく体を震わせました。
自動販売機はうん、ともう一度力をこめて、勢いよく体を震わせました。
自動販売機はもっとうん、と力をこめて、もっともっと勢いよく体を震わせました。
すると、お腹のあたりがタプタプ音を立て、ドボンドボンと水があふれ出てきました。
自分でも驚いた自動販売機は、続けてうん、同じように力をこめて、また勢いよく体を震わせました。
ゴロンゴロンと、ひと塊の食べ物が出てきました。
自動販売機が声をかけるまでもなく、水と食べ物の匂いに気がついて、山猫は目を開けました。
山猫は、自動販売機が出した水や食べ物を口にすると、みるみるうちに元気を取り戻していきました。
空から様子をうかがっていたハゲタカは、元気になっていく山猫を見て、いつの間にか姿を消していました。
山猫が立ち去った後、しばらくはいつもの荒野が戻ってきました。
噂を聞きつけた生き物達が、ふらり、と自動販売機を訪ねてやってくるようになりました。
自動販売機は、ブーンと体を震わせて、自慢の歌を聴かせてあげました。
お腹をすかせた生き物には、なにか食べ物を出してあげたりもしました。
それからというもの、自動販売機の周りは、たくさんの友達の笑顔であふれるようになりました。