くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

ショートくりぃーむ(2)

2008-02-09 20:12:54 | Weblog
『狼おとこ』

 満月がきれいな夜。都会からは遠く、けれどけして不便ではない小さな村があった。
 遠くそびえる山々の向こうから、いつになく悲しげな狼の遠吠えが聞こえてきた。
 特に珍しいことでもなく、まぶしい光と暖かな火に溢れた村の人々は、さして気にかけることもなかった。
 数日後、流れ者のような旅人が村を訪れ、恐ろしげな話を伝え去った。
 人々も知る街道の町が、異端の教えを信仰した罪で、無惨に焼き払われたのだという。
 詮索好きの人々が、村のあちらこちらで、ひそひそと、真偽のわからぬうわさ話に花を咲かせていた。
 星明かりが照らす森の奥、とうとうと波音を立てる川岸に、傷だらけの少年が流れ着いた。
 岸にうつぶせ、半ばまで水に浸かったその体は、氷よりも冷たく、石のように硬かった。
 明かりも灯さず、偶然通りかかった老人に救われ、少年は奇跡的に息を吹き返した。
 少年はしかし、野犬のように目を光らせたまま、口をかたくなに閉ざし、なにも口にしようとしなかった。
 再び、満ちた月がめぐってきた夜、一人暮らしの老人は、赤くはぜる火の前で、静かに聖書を開いていた。
 強い毛を逆立てた人影が、その後ろから、両手を大きく広げて立ち上がった。
「オレを食う気かい……怖くなんかないぜ、おまえは、獣なんかじゃない」
 力なく手を下ろした影が小さく震え、かみ殺すようなすすり泣きが、いつまでも夜気に響いていた。

 ダンと名乗る少年は、老人が山で射止めた獲物の毛皮を背負い、村に降りてきた。
 初めての村だったが、店のおやじも、ダンテの所にいると知ると、なぜかすぐに少年を受け入れた。
 使いを頼まれ、何度となく通ううち、ダンは同い年くらいの店の娘と、自然と友達になっていた。
「今日は一日遊んでこい」と、朝からもじもじしているダンを見て、老人はいたずらっぽく笑った。
 顔いっぱいにうれしさをたたえてやってきた村は、なぜか地獄のような業火に包まれていた。
 逃げまどう人々の中、ダンは物陰に身を隠しながら、見つからないように教会の前までやってきた。
 引っ立てられ、膝をついて祈るように手を組む村長の前に、男が立っていた。
「隠し立てすると、これだけでは済まないぞ」
 赤い服に黒いマントをつけた男は、教皇の勅令という紙を、高々と掲げていた。
 ダンは、アリエナの待つ店に走った。名前を叫んでドアを開けると、兵士達が躍り出てきた。
 戸惑う兵士達へ、村人達が次々に大きな声をかけた。「そのガキだ」「疫病神め」「化け物」
 ダンを狙って振り下ろされた剣には、手加減など微塵もなかった。

 刃の下をかいくぐり、ダンが森の小屋に駆け戻ると、すでに火が放たれた後だった。
「ダンテ、ダンテ!」と、何度も名前を叫んだが、誰一人、答える者はいなかった。
 手がつけられないほど火のまわった小屋が、ズシンと火花を舞いあげて崩れ落ちた。
 燃えさかる小屋の前で、力なく座りこむダンの顔は、涙とススで真っ黒だった。
 ヒュン――と、ダンの後ろから飛んできた矢が、頬をかすめていった。
 ハッとして目を見開いたダンの頬から、ツツツ、とひと筋の血が、細い線を引くように流れ落ちた。
 ダンは、背を屈めるように立ち上がると、涙をこらえて走り出した。山に逃げるしか、ほかに道はなかった。
 連日、山狩りが行われた。ダンの行方は、わからずじまいだった。
 教皇庁からやってきたエンゼルという名の悪魔は、しかしけっしてあきらめようとしなかった。
「いいや、奴はまだこの村にいる」
 父を失ったアリエナが、村長の家に連れてこられた。その目には、憎しみの炎が宿っていた。
”出てこなければ、娘の命はない”と、おふれが出され、あっという間に村の隅々にまで広がった。
 汚い罠だったが、ダンは刻限どおりに姿を現した。手錠が、その手にかけられた。
 村の人々が、口々に言い合った。「よかった、これで助かった」
「父さんを返して!」アリエナが、ダンの顔につばを吐いた。父親の生命を、ダンが奪ったことになっていた。

 満月をさけ、勅令の一団は村を去ろうとした。しかし誰の仕業か、村に通じる唯一の橋が、落とされていた。
 長い逗留となった。好き勝手に振る舞う彼らに対し、村人達は静かに抵抗を企てていた。
 そんな動きを察してか、エンゼルは血塗られた見せ物の準備を兵士達に指示した。
 村人達が怪訝に思うほど、兵士達の動きがあわただしくなった。まるで、戦争でも始めるかのようだった。
 ダンが広場に連れ出された。手錠をはめられたまま、全身血だらけの姿は、誰もがその惨さに息をのんだ。
 食べ物はおろか、水すらも与えられず、ダンは兵士に見張られる中、地に打たれた杭に幾日も繋がれていた。
 夜。警備は穴だらけだった。爆薬が火を噴いた。兵士達はあわてふためいた。続いて、銃声が轟いた。
 ダンテ率いる黒覆面の男達は、兵士達を圧倒していた。ダンの手錠がはずされた。
「大丈夫か、すぐに逃げろ」ダンテは? と聞かれ「オレもただの年寄りじゃないんだよ」太い笑顔だった。
 顔を上げたダンの目に、アリエナが映った。「アリエナ――」と、腫れたまぶたを上げて、ダンが言った。
「なんてこった、神に仕える悪魔どもが」と、ダンテが舌打ちをしながら毒づいた。
 アリエナの手には、銃が握られていた。必殺の銀の銃弾が、こめられていた。
 姿を現したエンゼルが、薄笑いを浮かべながら近づいてきた。
「フフフ、手配中の山賊まで姿を現すとはな――」と、すぐに笑いが凍りついた。
 ダンの変身が、始まった。異様な光景を目の当たりにして、逃げ出す者が後を絶たなかった。
「さっさと撃つんだ!」と、エンゼルが苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、アリエナを小突いた。
 わなわなと震えるアリエナが、目をつぶりながら引き金に力をこめた。
 獣に変身したダンは、大きく口を開け、天に向かって吠えた。その口には、なぜか牙が生えていなかった。
「オレが殺したんじゃない!」と、ダンが叫んだ。
 銃を持ったまま、アリエナが嗚咽をもらしながら、その場に力なく膝をついた。
「くそっ――」エンゼルがアリエナの銃を力まかせにもぎ取り、ダンに狙いをつけた。
「危ねぇ」ダンテが、腰に下げていたナイフを抜き取り、エンゼルに向かって射るように投げた。
 ダンの姿がかき消え、一陣の風がエンゼルの前を吹き抜けた。
 火花がはじけ、甲高い悲鳴とともにエンゼルが崩れ落ちた。
 銃を持ったエンゼルの右腕が、肘からなくなっていた。ナイフを持ったダンが、たぎる目で見下ろしていた。
 アリエナが声をかけるまもなく、ダンは姿を消していた。ダンテ達の姿も、闇の彼方に消え失せていた。
 満月がきれいな夜だった。 
コメント
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