前の続きです。
明日香、石舞台古墳へ行きました。
入り口付近の日陰に黄色っぽい彼岸花が咲いていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/33/3afe0f553e13135bd9c2b646f72d23e0.jpg)
入り口を入ると案内板がありました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/d0/c3f2b0a73818ceef0fa86b6c23357e83.jpg)
遠くから全体を見たものです。
ボランティアガイドさんの説明によると方形で何段か盛り土してあった上にこの石舞台があったと写真入りの資料で見せていただきました。
そう思って見てくださると段があるのがお分かりになれると思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/1a/6b310b8582d908afbce04ae0f020dd95.jpg)
そのアップです。
人が寝ているように見えました。
うまい具合の石を並べたものだと思いました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/52/7a7380f774b3951ce2017e238e2d9b3b.jpg)
ぐるっと回ってみることにしました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/0d/d673cd01403b13d766653351a5c45a18.jpg)
反対側です。
こちらが正面なのかお花が供えてありました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/35/0a44bc3a924e14fd736f86add800899e.jpg)
中へ入る入り口です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/32/32224c5957f6b1d4dc289faaaccefd1b.jpg)
石舞台の中です。
天井が高く案外明るかったです。
石、ひとつひとつがすごくおおきいのに驚きました。
重機もない古代の人がどのようにしてこの山の中に運んだのかと興味津々でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/ee/835ea42c14fdf86397bbcacf31d6caf2.jpg)
中に入っていた石棺の復元だそうです。
人が軽く3人は入れる幅で高さは結構ありました。
副葬品などを入れたので大きいのでしょうか。
この中で蘇我馬子は永久の眠りについたのでしょう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/c0/b49eecf7f7e823d7b9dd0fa5a238e433.jpg)
何かの本で古代の太陽信仰について読んだことを思い出しました。
春分の日&秋分の日の太陽の通り道に神社とかこのようなものが作ってあるそうです。
見事にそれらが一直線に並んでいるということです。
三重県から和歌山県淡路島まで続いているそうです。
なぜなのかなぞだそうですがこういうものを目の当たりに見ると不思議とそういうこともありと思えてきました。
死後は西方つまり太陽の沈む方向にいくと考えられていたそうですのでこの石舞台はどちらを向いているのか気になりました。
方向音痴なので影から推測すると東西に長いのではと思いました。
ひょっとするとという思いを抱きつつお昼ご飯の場所へと移動しました。
明日香、石舞台古墳へ行きました。
入り口付近の日陰に黄色っぽい彼岸花が咲いていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/33/3afe0f553e13135bd9c2b646f72d23e0.jpg)
入り口を入ると案内板がありました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/d0/c3f2b0a73818ceef0fa86b6c23357e83.jpg)
遠くから全体を見たものです。
ボランティアガイドさんの説明によると方形で何段か盛り土してあった上にこの石舞台があったと写真入りの資料で見せていただきました。
そう思って見てくださると段があるのがお分かりになれると思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/1a/6b310b8582d908afbce04ae0f020dd95.jpg)
そのアップです。
人が寝ているように見えました。
うまい具合の石を並べたものだと思いました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/52/7a7380f774b3951ce2017e238e2d9b3b.jpg)
ぐるっと回ってみることにしました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/0d/d673cd01403b13d766653351a5c45a18.jpg)
反対側です。
こちらが正面なのかお花が供えてありました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/35/0a44bc3a924e14fd736f86add800899e.jpg)
中へ入る入り口です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/32/32224c5957f6b1d4dc289faaaccefd1b.jpg)
石舞台の中です。
天井が高く案外明るかったです。
石、ひとつひとつがすごくおおきいのに驚きました。
重機もない古代の人がどのようにしてこの山の中に運んだのかと興味津々でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/ee/835ea42c14fdf86397bbcacf31d6caf2.jpg)
中に入っていた石棺の復元だそうです。
人が軽く3人は入れる幅で高さは結構ありました。
副葬品などを入れたので大きいのでしょうか。
この中で蘇我馬子は永久の眠りについたのでしょう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/c0/b49eecf7f7e823d7b9dd0fa5a238e433.jpg)
何かの本で古代の太陽信仰について読んだことを思い出しました。
春分の日&秋分の日の太陽の通り道に神社とかこのようなものが作ってあるそうです。
見事にそれらが一直線に並んでいるということです。
三重県から和歌山県淡路島まで続いているそうです。
なぜなのかなぞだそうですがこういうものを目の当たりに見ると不思議とそういうこともありと思えてきました。
死後は西方つまり太陽の沈む方向にいくと考えられていたそうですのでこの石舞台はどちらを向いているのか気になりました。
方向音痴なので影から推測すると東西に長いのではと思いました。
ひょっとするとという思いを抱きつつお昼ご飯の場所へと移動しました。
いつもありがとうございます。
”石舞台古墳”
まるこさんの素敵な旅の続き♪
機械・重機もない遠い昔☆ とてつもない大きな石を何処から運び! 方位も考え どんな風にして積んだのでしょうね
色んな仮説は、ございますが・・・
謎 ですね。
まるこさんの旅は♪ いつも 素敵・綺麗・お珍しい♪ そして お勉強にもなりますですョ♪(何にも知らない私にとっては ほんと!
時には お目目が点! に、なる時も)
まるこさん♪ いつも ありがとうございます。
いつもありがとうございます。
山の中にいきなり現れた大きなお墓、ビックリしましたね。
いっしょのツアーで行った人は「こんな風になっていなかった。ずっと前のほうが古が感じられて良かった。こんなになったのは駄目だ。」と憤慨しておられました。
ガイドさんに発見された当時の写真を見せてもらったのですが私もそう思いました。
安全のために柵や手すり、階段などを作るのは景観的に良し悪しだなぁと少し残念でした。
想像するしか仕方ない太古の出来事は理解不能の部分が多いですね。
私も何も知らないのに等しいのですよ。
私、明日香へ行ったのは初めてなんです。
だから@@な目でキョロキョロ眺めていました。(#^.^#)