コモリン岬を早朝出発した。
指定席をとっていたがガラガラで、運転手さんに好きな席に座っていいよと、言われました。
マドライには有名な寺院があるけれど、ちょうどコダイカナル行きのバスがあり、
到着は遅くなっても、何とかなるだろうと、乗り継いだ。
案の定、着いた時には暗くなっていたが、
客引きに、自炊できて安くて滞在できる民家のような貸室はないか?と尋ね、
良い感じの家に案内され、聞くと日本人の利用が多いようでした。
家の半分が2部屋に別れて、貸室になっていた。
トイレも水も外だけれど、室内に炊事場があった。
コダイカナルはタミル語で“森の贈り物”という意味があるようです。
気候が一日に春、夏、秋と変化すると聞いていた。
中心には湖があり、周囲の別荘は小さな宮殿のようでした。
この頃で大型オーブンの電化製品が、売られていたり、ベンツだったかな、外車が往来していた。
イギリスに留学している子女達の避暑地にもなっていたようです。
チベット難民も多くいて、露天商をしていました。
市場には豊富な野菜と鮮やかな花が売られ、
毎日の買い物と散歩が日課になり、3週間位を過ごしたと思う。
こんなに洒落た家ではなかったけれど、雰囲気はこんな感じでした。
霧が多く、幻想的な神秘な世界だった。
今思うと、十津川村と似ていますね。
ネパールの暮らしが記憶に残り、十津川を気に入りましたが、
潜在的にこの、コダイカナルがあったのかもしれません。
コダイカナルには宣教師も多く、教会が経営するバザーや本屋さんもありました。
ここのインターナショナルスクールは歴史が古く、
1901年に全寮制の学校が設立され、グローバルな教育がされています。
これは、そのショップで購入したコースター。
地元で取れる大麻を糸にしたヘンプで作られている。
ボビンレースの技法と思えるが、技術のレベルがかなり高いですね。
私はこの地で、麻紐でバッグを編んだりしていた。
プシュカルで思いついた編地を、ここで完成させ、コダイカナルと名付けた。
このコースターもクロッシェでレプリカを作りたいと思い、
そのままになっていたけど、今が編むタイミングなのかもしれませんね。
1984年にはマザーテレサ女子大学も設立されています。
このような山奥の村でも、文化水準が高くグローバルな教育がされています。
世界中から人が来るので、十津川村もこうあってほしいと、願います。
直感力を養い、AIを学ぶのに、過疎の地域は適していると感じます。
続く
追記 今日と明日、箕面市のミカリギャラリー敷地内の雑貨屋 縁・小屋で
雪姫鳥shopを11時から18時までオープンします。