雪姫鳥の独り語

雪姫鳥の山暮らし、日常に感じる事。
雪姫鳥のニットの紹介、旅した国の回想。
食べ物や子育て、雪姫鳥のエコライフ。

1987年インド紀行 vol. 13 コダイカナル

2018-07-21 07:30:37 | 

  

コモリン岬を早朝出発した。

指定席をとっていたがガラガラで、運転手さんに好きな席に座っていいよと、言われました。


マドライには有名な寺院があるけれど、ちょうどコダイカナル行きのバスがあり、

到着は遅くなっても、何とかなるだろうと、乗り継いだ。

案の定、着いた時には暗くなっていたが、

客引きに、自炊できて安くて滞在できる民家のような貸室はないか?と尋ね、

良い感じの家に案内され、聞くと日本人の利用が多いようでした。

家の半分が2部屋に別れて、貸室になっていた。

トイレも水も外だけれど、室内に炊事場があった。


コダイカナルはタミル語で“森の贈り物”という意味があるようです。

気候が一日に春、夏、秋と変化すると聞いていた。

中心には湖があり、周囲の別荘は小さな宮殿のようでした。

この頃で大型オーブンの電化製品が、売られていたり、ベンツだったかな、外車が往来していた。

イギリスに留学している子女達の避暑地にもなっていたようです。

チベット難民も多くいて、露天商をしていました。

市場には豊富な野菜と鮮やかな花が売られ、

毎日の買い物と散歩が日課になり、3週間位を過ごしたと思う。

こんなに洒落た家ではなかったけれど、雰囲気はこんな感じでした。

霧が多く、幻想的な神秘な世界だった。

今思うと、十津川村と似ていますね。

ネパールの暮らしが記憶に残り、十津川を気に入りましたが、

潜在的にこの、コダイカナルがあったのかもしれません。


コダイカナルには宣教師も多く、教会が経営するバザーや本屋さんもありました。

ここのインターナショナルスクールは歴史が古く、

1901年に全寮制の学校が設立され、グローバルな教育がされています。

これは、そのショップで購入したコースター。

地元で取れる大麻を糸にしたヘンプで作られている。

ボビンレースの技法と思えるが、技術のレベルがかなり高いですね。

私はこの地で、麻紐でバッグを編んだりしていた。

プシュカルで思いついた編地を、ここで完成させ、コダイカナルと名付けた。

このコースターもクロッシェでレプリカを作りたいと思い、

そのままになっていたけど、今が編むタイミングなのかもしれませんね。


1984年にはマザーテレサ女子大学も設立されています。

このような山奥の村でも、文化水準が高くグローバルな教育がされています。

世界中から人が来るので、十津川村もこうあってほしいと、願います。

直感力を養いAIを学ぶのに、過疎の地域は適していると感じます

続く

追記 今日と明日、箕面市のミカリギャラリー敷地内の雑貨屋 縁・小屋で

   雪姫鳥shopを11時から18時までオープンします。


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