その日は通院日で、よく歩いた。ほぼ予定日だったと思う。少し出血があったが、陣痛はまだ、Dr.もそろそろと言い、自宅の連絡先を教えてくれた。そして、夜になって破水して、その後、陣痛も始まり、来てくれたDr.が病院に連絡してくれ、友人の車で緊急用の出入り口から病院に入ったのは、夜中の2時でした。
普通、陣痛は間隔をあけて、少しづつ強くなると聞いていたが、いきなり強いのが間隔をおかずにやって来た。逆子だからなのか、私の体質なのか、それとも微妙な陣痛に気が付かなかったのか、もうパニック状態で、夫と私の英語が理解できる友人に付き添われ、何が何だかわからないまま、ベットの上で酸素ボンベを当てられていた。
間もなく、リクライニングチェアに移され、都合のいい位置で、いよいよ出産。プッシュという声に、思いきり力むと、エクスランスと声が飛び、早く終わってほしいの一心だった。そして、オギャーとの声と共に、ボーイ、ボーイと聞こえ、やはり男の子だったと安堵する。明け方の6時過ぎでした。病院に入ってから、4時間、陣痛が始まってからも6時間後位だから、人生最大のドラマは、とてもあっけなく終わった。もっと冷静に取り組みたかったが、突然過ぎて、嵐のようだった。その後も躁状態。人口ミルクも何もやらないでほしい、と言うこちらの希望どうり、息子は何にも与えてもらえなかったので、夫がベビー室を覗いた時、ギャーギャー鳴いていたようだ。夜になって、ナースがベットに連れて来て、母乳をやれと言う、どうしていいかわからないが、とにかく乳首を吸わせると、出てるかどうかわからなが、夢中になって吸い、満足したようだった。その後は鳴くと、おしゃぶりを入れられ、もぐもぐしていると、落ち着くようだ。
翌日は、歩いてと言われ、バスタブにも入れと言われ、昼過ぎに退院した。実は入院費が1日1,000ドルだった。通常、保険がなくても500ドル位だが、外国人は逃亡してしまうので、高いらしい。もし帝王切開だったらと心配すると、それでも3日で退院すると言う。私の場合、夜中の2時に入ったので、日付が変わっての午後で、まる一日扱い。何と親孝行な息子、そして三人の生活が始まった。