「愛」については前作のスタートで、非常に悲しい物語を「満洲に 日中友和の 華が咲く...」と題して描きましたが、これは日本人情報将校(スパイ)の聖二と中国人開拓民の娘リンリン(美鈴)との若き愛で、それは曹希聖(実在人物)の毒ガステロによって悲劇を迎えます。
今作ではそうした「愛の悲劇」を描くつもりはなく、セイとパルの結婚は最後まで幸せなモノとします。 それは単に2人の幸福だけではなく、アッシリアに征服されたメソポタミヤやインダスの女性たちの幸福にも直結しており、戦争で夫を奪われて無理やり敵兵の妻にされた女性たちの恨みは、トゥルクとパルの善政によって癒やされます。
アッシリア兵たちは現地の言葉を習得するコトが義務付けられ、夫を奪って妻を得た者には「済まなかった」「どうか許してほしい」「ありがとう」「愛してる」と真摯に語るコトを義務付けます。
この「ホオポノポノ」の聖なる教えは前作でも、チベットの優樹(ユーシュー)地区で行われた断種政策の疵(きず)を癒やす為に用いましたが、今回でも大いにフィーチャーしたいと思います。
夫婦が「愛の絆」でしっかり結ばれてこそ、子供たちは安心して成長して行けます。 日本が先進国の中でほぼ最下位の「子供幸福度」しか得られないのは、この「愛の絆」が弱いからだと思えます。 これは学校教育にも大きな責任があると思え、日本の競争教育は男性優位の思想から来ており、これを女の子に強制するのは間違っていると思います。
女性はもっと本質的な「共生の知」を求めており、それを「トゥルクの学校」では強調します。 「愛の国」シャングリラではどこの学校でも女性が校長で、そこでは「動物への愛」と「宝土愛」が伝えられます。
次回は久しぶりに、この「動物福祉牧場」のコンセプトを振り返ってみたいと思います。