和貴の『 以 和 為 貴 』

論語:八佾第三 〔9〕 足らば則ち吾 能く之を徴せん


論語を現代語訳してみました。



 第三

《原文》
子曰、夏禮吾能言之、杞不足徴也。殷禮吾能言之、宋不足徴也。文獻不足故也。足則吾能徴之矣。

《翻訳》
子 曰
〔のたま〕わく、夏〔か〕の礼は吾〔われ〕 能〔よ〕く之〔これ〕を言えども、杞〔き〕 徴〔ちょう〕するに足〔た〕らざるなり。殷〔いん〕の礼は吾 能く之を言えども、宋〔そう〕 徴〔ちょう〕するに足らざるなり。文献〔ぶんけん〕 足らざるが故〔ゆえ〕なり。足らば則〔すなわ〕ち吾 能く之を徴せん。




《現代語訳》


孔先生が〈また、子夏〔しか〕さんに対して〉、次のように仰られました。


 "学ぶ" といっても私は、夏〔か〕王朝の礼について多くを論じることはできるが、杞〔き〕国の礼については、学ぶことができない。

同じように、殷〔いん〕王朝の礼について多くを論じることはできるが、宋〔そう〕国の礼については、学ぶことができない。

それは、文献をそろえようとする賢人が、あまりに少なかったからであろうな。

もしも、こうした文献がそろっておれば、夏、殷の礼についての学識も、豊かであったろうに、と。


〈つづく〉






※ 孔先生とは、孔子のことで、名は孔丘〔こうきゅう〕といい、子は、先生という意味
※ 原文・翻訳の出典は、加地伸行大阪大学名誉教授の『論語 増補版 全訳註』より
※ 現代語訳は、同出典本と伊與田學先生の『論語 一日一言』を主として参考にしているが、決して両先生を否定するものではない


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