論語を現代語訳してみました。
雍也 第六
《原文》
原思爲之宰。與之粟九百。辭。子曰、毋。以與爾鄰里郷黨乎。
《翻訳》
原思〔げんし〕 之〔これ〕が宰〔さい〕と為〔な〕る。之に粟〔ぞく〕 九百〔きゅうひゃく〕を与〔あた〕う。辞〔じ〕す。子 曰〔のたま〕わく、毋〔なか〕れ。以〔もっ〕て爾〔なんじ〕の隣里〔りんり〕 郷党〔きょうとう〕に与〔あた〕えんか、と。
原思〔げんし〕 之〔これ〕が宰〔さい〕と為〔な〕る。之に粟〔ぞく〕 九百〔きゅうひゃく〕を与〔あた〕う。辞〔じ〕す。子 曰〔のたま〕わく、毋〔なか〕れ。以〔もっ〕て爾〔なんじ〕の隣里〔りんり〕 郷党〔きょうとう〕に与〔あた〕えんか、と。
《現代語訳》
お弟子さんである原思(=原憲のこと)さんが、孔先生が知行地〔ちぎょうち〕として国から与えられた土地の長〔おさ〕に任命され、その俸禄〔ほうろく〕として粟〔ぞく〕、九百斗を頂戴〔ちょうだい〕することになったのですが、原思さんはそれを辞退〔じたい〕されたのでした。
それを知った孔先生は、原思さんに次のように仰られました。
断ってはならぬぞ。もしそれで余分だというのであれば、お主の生まれ育った近隣〔きんりん〕同胞〔どうほう〕らに分け与えるがよいぞ、と。
原憲 子思
《雑感コーナー》 以上、ご覧いただき有難う御座います。
後ほど紹介させていただくことにもなる原憲ですが、晩年の彼の生き様というのは実に個性豊かなんです。
まったく関係のない話ですが、そういえば私が生まれ育った田舎では、かつて、いつものように徘徊していたみずぼらしい恰好の老人がいました。みんなはそんな老人を見ては、「乞食がおる」といって冷やかしていました。
しかしその老人、実は金融屋の社長さんやったらしく、住まいも立派な屋敷に住んどられたのですが、「乞食がおる」といって、冷やかしていた連中もそれを知ってビックリしとりましたけどね。
※ 孔先生とは、孔子のことで、名は孔丘〔こうきゅう〕といい、子は、先生という意味
※ 原文・翻訳の出典は、加地伸行大阪大学名誉教授の『論語 増補版 全訳註』より
※ 現代語訳は、同出典本と伊與田學先生の『論語 一日一言』を主として参考