論語を現代語訳してみました。
述而 第七
《原文》
子曰、聖人吾不得而見之矣。得見君子者、斯可矣。子曰、善人吾不得而見之矣、得見有恒者斯可矣。亡而爲有、虚而爲盈、約而爲泰。難乎、有恒矣。
《翻訳》
子 曰〔のたま〕わく、聖人〔せいじん〕は吾〔われ〕 得〔え〕て之〔これ〕を見〔み〕ず。君子者〔くんししゃ〕を見るを得ば、斯〔すなわち〕ち可〔か〕なり。子 曰〔のたま〕わく、善人〔ぜんにん〕は吾 得て之を見ず。恒〔つね〕 有〔あ〕る者〔もの〕を見るを得ば、斯ち可なり。亡〔な〕きなるに有りと為〔な〕し、虚〔きょ〕なるに盈〔み〕てりと為し、約〔やく〕なるに泰〔たい〕と為す。難〔かた〕いかな、恒 有ること。
《現代語訳》
孔先生が、次のように仰られました。
〈俗にいう〉 "聖人" を、私が天命を心得てより以降、まったく見かけなくなってしまった。
けれども、〈その者が〉 "君子" の者かどうか、見て判断ができるようにもなれば、それで可〔よ〕し、としよう、と。
孔先生がまた、次のように仰られました。
〈俗にいう〉 "善人" を、私が天命を心得てより以降、まったく見かけなくなってしまった。
けれども、〈その者が〉 "仁徳" の者かどうか、見て判断ができるようにもなれば、それで可〔よ〕し、としよう。
〈しかし、一方では〉無を有と見せかけ、虚を実と見せかけ、貧を泰と見せかける〈聖人、善人気取りの者が多い〉。
〈このような乱世では〉難しいわな。とこしえの安らぎを得る、というのは、と。
《雑感コーナー》 以上、ご覧いただき有難う御座います。
この語句の意味するところは、孔子自身が天命を知るに至るまでのあいだ、聖人や善人と呼ばれる人物に出会うことが多かった、とする、それだけ孔子自身が未熟だったんだ、という自己否定じみた内容として、語訳してみました。
一方、天命を知ってからは(五十歳を超えてからは)、聖人や善人に出会うことはなくなっても、君子や仁徳者としての資質を見極めることができるようにはなった、とする孔子の喜びと妥協を「それで可し、としよう。」と表現してみたつもりです。
また、『恒 有る』という句が二度、用いられていますが、一度目の『恒 有る』を、「仁徳者」として扱い、二度目の『恒 有る』を「とこしえに~得る」という語訳にしたのは、一度目は、人としての「恒 有る」と捉え、二度目は、世の中(国や社会全体)としての「恒 有る」と捉え、使い分けしてみた次第です。
※ 関連ブログ 難いかな、恒有ること
※ 孔先生とは、孔子のことで、名は孔丘〔こうきゅう〕といい、子は、先生という意味
※ 原文・翻訳の出典は、加地伸行大阪大学名誉教授の『論語 増補版 全訳註』より
※ 現代語訳は、同出典本と伊與田學先生の『論語 一日一言』を主として参考