「天然水」は造語だった! 消費量20倍で枯渇の恐れは…“水の番人”が明かす実態
美味しい水は「買って飲む」のが当たり前。天然水の需要は拡大の一途をたどっているが、過剰な採水によって水が枯渇してしまう恐れはないのか(SankeiBiz編集部)
まだまだ厳しい残暑が続く日本列島。新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、ミネラルウォーターの需要が伸びている。酷暑の中でもマスクが欠かせない日常が続き、こまめな水分補給を心掛けている人が増えているようだ。「水と安全はタダ」といわれてきた水資源大国の日本だが、今や美味しい水は「買って飲む」のが当たり前。天然水の需要は拡大の一途をたどっているが、過剰な採水によって水が枯渇してしまう恐れはないのか。(SankeiBiz編集部) 【写真】“水の番人”と呼ばれる山田健さん。水資源保護のキーマンとして知られる。 ■日本の水源地を中国系外国資本が買収 蛇口をひねれば、どこでも安全な水が手に入る。世界的に見れば、日本はかなり恵まれた環境にある。とはいえ、水道水をそのまま飲む人は減り続け、日本ミネラルウォーター協会によると、1人当たりのミネラルウォーターの消費量は2020年で33.3リットルに上る。500ミリリットルのペットボトル66本分だ。30年前の1990年にはわずか1.6リットルだったから、天然水の消費量は約20倍に増えたことになる。 世界に目を転じれば、深刻な水不足に直面している国は少なくない。イラン南西部のフゼスタン州では今年7月、市民による抗議デモが続き、治安当局が出動し死傷者が出る事態に発展した。水ビジネスは世界規模では100兆円市場ともいわれ、開発途上国では先行しているフランスなどの企業がビジネスチャンスをつかんでいるとされる。日本でも、北海道・羊蹄山麓の水源地などでは、中国系外国資本が次々と買収していると報じられている。
貴重な資源である日本の天然水は大丈夫なのか。業界で「水の番人」と呼ばれている水資源保護のキーマンに聞いてみた。サントリーホールディングスのサステナビリティ推進部チーフスペシャリスト、山田健さん(66)だ。 「地下水を保全しなければ、いつかは大変なことになる!」 山田さんは2000年、社内でこう訴えた。ミネラルウォーターからウイスキー、ビールに至るまで、同社の商品はほとんど地下水に頼っていた。地下水や天然水を維持するため森を育むことが、会社を育てていくことにつながると、山田さんは考えたのだという。 森を育むという壮大な事業は役員会で承認され、2003年に「天然水の森」活動としてスタート。現在は多くの飲料メーカーが取り組んでいる水源涵養(かんよう)事業だが、サントリーの取り組みはまさにその嚆矢(こうし)だった。 山田さんが所属するサントリーのミネラルウォーターといえば、「南アルプスの天然水」だが、この「天然水」という言葉、実はサントリーの“造語”だったという。1989年に「サントリー山崎の名水」、「サントリー南アルプスの水」という商品を発売していたが、売り上げは芳しくなかった。どうしたものかと社員が会議室に集まり、そこで「天然水」という言葉が生まれたのだそうだ。 「山の神様がくれた水」というキャッチコピーとともに「南アルプスの天然水」は世に送り出されたのは1991年。採水地は阿蘇(熊本県)や奥大山(鳥取県)、北アルプス(長野県)と広がり、現在は「サントリー天然水」というブランドで統一されている。「天然水富士山」「清らかな天然水」「伊賀の天然水」「日本の天然水」…。ラベルや商品名に「天然水」を冠した商品が各メーカーから発売され、今や「天然水」はミネラルウォーターの代名詞になった。
■川にしみだしてくる水は何年も前に降った雨 「山にどのくらいの水の量が蓄えられているのか、現地調査とコンピューター・シミュレーションによって見極めたうえで、持続可能な量の地下水を汲(く)み上げています」 山田さんはこう強調する。サントリーは林野庁と60年間の契約を結ぶと、熊本県の国有林内にある育成途上の森林の整備を開始。同社の水科学研究所の調査では、全国の工場で汲み上げる地下水よりも多くの水を生み出すために必要な面積は7000ヘクタールと算出されたが、2011年に目標を達成した。新たな目標として「2倍の水を育む」ために、1万2000ヘクタールという広大な面積が設定されたが、これも2019年6月に達成したという。こうした活動の発起人となったのが山田さんだった。 「水の保全活動は単に、樹木を植えればいい、間伐すればいいということではありません。人間が良かれと思ってやったことが、環境の変化によってマイナスに作用することもあります」 水の成分分析はもちろん、地下の地質や地層の調査から、水質浄化機能の高い「土づくり」につながる整備計画の立案など、その活動は多岐にわたる。 山田さんによると、2018年7月の西日本豪雨の際、天然水の森では、樹木が根ごとひっくり返る「根返り」はほとんど起きなかったが、対岸のヒノキの山は頂上からふもとまで木々がなぎ倒されていた。管理が行き届いていないヒノキの森は、地面に光が届かなくなり、土が流されてしまう。そうすると、表面のやわらかい土がなくなって根が浮き上がり、水が蓄えられなくなるという。 「良い森は降った雨のほとんどが地面にしみます。荒れている森の川は、大雨が降ると一気に増水して濁り水になりますが、良い森の川は濁りません。川にしみだしてくる水は何年も前に降った雨なのです」
大事なのはスポンジのような「ふかふかの土」を育むこと。ふかふかの土壌であれば、降雨でもたらされた水や雪解けの水が大地に浸透していく。その水は数十年という長い歳月をかけ、地層を潜り抜け磨かれ、ミネラル分を蓄えた天然水となる。 そのミネラルウォーターの1人当たりの消費量は33.3リットル(2020年)だが、米国(114.7リットル)やフランス(139.0リットル)、イタリア(187.7リットル)と比べてもまだ少なく、日本国内での需要はさらに拡大するとみられている。 山田さんらのチームでは、地下水の流動モデルなどを分析。スーパーコンピューターにも匹敵する精度でシミュレーションを重ね、地下水量を算出したうえで採水しているという。1年の半分は水源の山に赴き、森を見つめる山田さんは、「自然は決して制御しきれない」と指摘する。その自然に対する謙虚な姿勢は、「森を育てる」というより、「森を慈しむ」といった方がいいかもしれない。 海外のミネラルウォーターの水源地では、汲みすぎによる枯渇の危機が報じられたこともあったが、少なくとも「天然水」の水源地では、そうした心配はなさそうである。厳しい蒸し暑さの残暑が続くが、熱中症予防のカギとなる水分補給のためにも、ここはありがたく、おいしい天然水をいただきたい。