伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

色々な形の登山

2009-02-22 10:19:51 | Weblog

 霊峰白山の山頂付近で初めて修行を始めたのが、泰澄
(たいちょう、682年生)さんです。1300年も昔の事です。
白山地元の白峰に伝わる伝説では、泰澄大師は生涯を通じ
て延べ1000日間を山頂で過ごしたと言われています。
白山の山頂は、1年の内約半分は雪と氷の世界に閉じ込め
られているので、山頂に人間が生存できる期間は限られてい
ます。
泰澄大師は白山以外も巡礼されているので、約20年間を掛
けて1000日間を白山山頂で修行されたのではないかと地元
では言われています。
800年程前の文献によると、白山に登山した修行僧は既に
年間2万人ほどもいたそうです。交通が発達して登山者制限
がない現在でも登山者は年間2万~3万人なので、当時の
白山信仰に対する熱狂的な特殊性を考えさせられます。
800年前の日本の人口は、700万人以下とされています。
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1150.html
人口比率で考えると凄い事です。しかも男性の修行僧が限定
での2万人の数字です。いかに白山信仰が特殊だったかが
分かります。
泰澄さんは、幼少から仏を木に彫るのが上手かったそうです。
どこで仏像を見たのか、容姿の細部まで上手く表現されたと
のことです。その泰澄さんが白山山頂で篭もる間に、沢山の
小さい石仏を刻み作成しています。
しかし明治の廃仏毀釈で、その大半が霧散しました。
地元のベテラン登山者曰く、白山山頂では日の出の時間帯
には、雲や光の加減で大空に大きな大仏坐像が現れるとの
ことです。実際に何度も写真撮影されて地元新聞にも載った
そうです。ご自身も朝日を浴びて、真後ろの日陰を見ると
何重もの後光がさす、座した仏像みたいな影が現れた経験
を何度もしました。
白山登山は、真夏の7月でも雪渓が存在して初心者には
危なく、8月から10月が良いそうです。

信仰目的の登山の良いところは、自分自身の足腰しか当て
に出来ない事
を嫌でも思い知らされる事だと思います。
この事を、下界で生活していると人間は忘れてしまうのです。
登山中は、どんなに美しい景色を見ようが、楽そうに登山
する人物と知り合おうが、自分のペースで歩き進むしか山頂
には近づけません。
また、ただの苦しい登山でも駄目なのです。
神仏を意識しながらの登山でなければ・・・。

私は、遠くから白山を眺め拝むのが好きです。
全体が良く見えるからです。
御金さえ出せば大きなバスに乗せて崇高?な山に連れて
行くと自称する無免許の運転手がいます。
高額なキップを買って乗り込んでも、バスが行けるのは山の
麓の末端です。そこまでしか人工的な道路がないからです。
山の麓で下ろされても、山全体は逆に見えないものです。
山頂の方向すら分からなく成ります。
騙されて山から離れた所で降ろされても分かりません。

崇高な山を見て崇めながら、下界で人々と混ざり合いながら
私は頑張って生きて行きたいと思います。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

人類の 5% 運動を広めたいです。
     

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