彼女に電話していた時、隣のノンサ―ウの話が出た、隣のノンサーウは彼女と仲良しで度々電話で現況を話あっていた。
隣のノンサーウは私が田舎に住み始めた時には、バンコクで夫婦暮らしていて、上の子供の息子を母に預けていた。
隣のノンサーウは3人兄弟で長男次男長女と言う事順番で、長男は私が住んで間もない時に白血病でなくなっている。
次男がバンコクで働いたり地元で事業始めたりしていたが、地元では全部失敗をしていた。
嫁の家はバンコクで地主で土地を会社に貸して裕福で、そこから援助してもらっていたらしい。
バンコクで働いていた次男とノンサーウが、突然隣の家に帰って来て。
次男はトラクータと稲を刈るコンバインを買って、ノンサーウは夫が車で小中学校の生徒の送迎を始めた。
そんない田舎は甘くなく、次男は事業に失敗してコンバインを売り、ノンサーウの夫は働らず。
喧嘩が絶えず車の中で寝ていたという、その後酔っぱらって誰とでも寝る女と一夜を明かして
町の評判となり家から追い出されて、一人でバンコクに逃げ帰った。
そのごろあの大洪水が起こり、ノンサーウに誘われて、お寺の救援物資の手伝いを1か月ほどして
我が家の車を提供し、数十台の車を連ねて、救援物資を水害地にタンブンして配ったのである。
ノンサーウは子供を母親に預けて南タイに出稼ぎに出ていたが、昔書いていたが、
家の近くの三叉路でバイクに轢かれて亡くなったのである。
ノンサーウの元夫がいち早く駆け付けて手伝っていたが、
子供が長男とまだ小さい女の子が母親が預かっていたのである。
葬式が終わって元夫と一緒になったらと親戚などから話があり、元夫もやり直してくれと哀願してが。
がんとして受付ず、元夫は子供と別れてバンコクに寂しく帰って行った。
タイの女性は一度決めたら、てこでも動かない厳しさがある。
ノンサーウは南タイで再婚して幸せに暮らしていたものと思っていたが、
長男が病気で亡くなったと、彼女が話していたのである。
3人の身内を次々と亡くしたノンサーウを、心からお悔みする次第だ。