日本にも昔は工事現場の近くに飯場が建てられて、工事に従事する人達が寝泊りしていた所で、
東日本大震災の復興の工事の従事する人達は、今ではビジネスホテルが宿泊施設に利用されていると、
テレビのニュースで言っていたが、世の中は知らない間に変わってきている。
私がなぜ飯場を取り上げたかと言うと、彼女の親戚が南タイに出稼ぎに行っていて、
南タイの観光の帰りに、実家に物を届けて欲しいと頼まれたのであるが。
何処か現場の近くに家でも借りて、暮らして居ると思ったのである。
家族3人で子供も一緒で暮らして居るので、彼女もそのように思っていた。
携帯電話で連絡を取り合い、進んでいくと道路に警備員がいて、面会に行くと言うと通してくれる。
大きな道路を進んでいくと、遠くに大きなビルが建っているし、工事中のビルも有る。
横にそれる道を進むように指示されて行くと、舗装のない雨後のどろどろの道を進むと、
周りが塀に囲まれた建物が見えてくる、塀の中には二階建ての簡易宿舎と思われる建物が、
数十棟が立ち並んでいる、親戚の人が迎えに来ていて手を振る姿が見える。
道路の両側には車が隙間が無いぐらい駐車しているし、物売りの車もいる。
門が有り警備員がいて監視している、中に入ると今まで見た事のない光景が見える。
食料品を売る店が有り、大きな長方形の水槽が有り、水が満杯状態である。
これは水浴びをする施設で、住人がここで水浴びをするが、女性はどの様な格好でするのであろう。
その向こうはトイレが続いて建てられている、まるで収容所の中に居るようである。
親戚の部屋は一棟が上下で10部屋以上有る部屋の、下の3番目の部屋で、広さは6畳ぐらいで、
部屋にはテレビと簡単な炊事道具と、寝具が置いて有り、床は薄いカーペットが敷いてある。
コーラや食べ物を買って食べろと歓待してくれたが、異常な臭いが気になり食欲はわかない。
早く帰りたくて彼女が帰りを急いでいると言ってくれて、早々に引き揚げたが、
日本人が来ることもない様な場所だから、人々から好奇な目で見られて変な気分である。
子供も沢山見かけたが、こんな環境でも活発にはしゃいでいるのが印象的である。
ここの建設ビルは分譲マンションで前は砂浜でバンコクから近く、数棟建てられる計画で有るらしいが、
そのビルの近くまでは見に行く事は出来なかった。