癒しの森 湯布院(仙人の健康相談室)  


人を、そして自分を癒し真なる喜びをもたらす
   
        人生の生き方を学ぶ 癒しの森湯布院

NO1149・イリュージョンの第2段階35

2023-11-16 | エンジェルスティック
・ポジティブとネガティブの両方を喜んで受け取りなさい。そして両方を神に渡しなさい。3
 
 「神は本当に存在するのだろうか?もし存在するのならば、ヴェーダーの中や、祈りの中だけに存在するのだろうか?いったい誰がヴェーダーを生みだしたのだろうか?こういったヴェーダーやマントラを読み上げると、神を見つけることができるのだろうか?」
 
 
 彼が話している時、私は彼の話を信じることも受け入れることも出来ませんでした。本当に不満でした。こういうタイプの人にはどう返事をすれば良いのでしょうか?答えることはあるのでしょうか?
 
 
 彼はシルディババの写真からビブーティ(癒しの聖なる灰)が湧き出る奇跡を何回も目にしました。多くの物事を見て来ました。私の事を愛していますし、私の足元に膝まづ来ますが、それでも疑いと混乱を抱えているのです。
 
 
 彼は何も信じません。彼は私の事が大好きで愛してくれていて、私のためなら死ぬでしょうが、「いったい真実は何なのでしょうか?」と、神の真実を欲しがっているのです。私は彼に何と答えたら良いのでしょうか?
 
・ストレスを小さくし、健康を回復するメカニズム29・・・・・あなたの思考のたわごとは、どこからやって来る?
 
 確か?高校2年生だったと思うのですが、2~3か月間(夏休みを挟む)パチンコプロ(22歳か23歳)と生活をしたことがある。この人は私の家の近くの神社の離れを借りていて、良く泊りにも行っていた。どうして知り合ったのかは記憶が定かではないが、弟子のような関係で毎日一緒に過ごしていた。単位ぎりぎりで進級したことは覚えているので、2~3か月だっただろう。
 
 
 弟子と言っても技術を教えて頂くわけではなく、精神面を鍛えられたと思う。当時は若者の多くがパチンコというギャンブルにうつつを抜かしていた時代であり、とても賑やかであった。中には台を叩いたり、ゴミ箱を蹴散らして負けのうっ憤を晴らしていた者も多かった時代である。
 
 
 喧嘩もしょっちゅうで、うっ憤のはけ口であったのであろう。その時代において、その若者は台を叩くこともなく、喧嘩をする事もなく、そこら辺のチンピラとは違うエネルギーを放っていた。おそらく私はそのエネルギーに引かれたのだろう。
 
 
 開店と同時に2人でパチンコ屋に向かい、台の見定めをした後、私の台も選んでくれる。少し打つが出そうになく不安になり、教えを請うと、続行して打ち込めと言う。私の手持ちの資金が少なくなり、不安になるが、教えを守って続行すると、突然出だす。その真髄を学ぶことなく、自然に付き合いは途絶えたのだが、今何をしているのだろうか?
 
 
 パチンコ屋の帰りに2人で立ち寄る、トンカツ屋の抜群に美味しかった味(当時の餌は家庭から出る残飯が主)を思い浮かべる時がたまにある、飢えた青春時代の思い出である。若いでも一喜一憂することなく、冷静沈着に打ち続ける彼の姿を思い浮かべる。女にうつつを抜かしたり、飲みに行く事もなく、遥か遠くを思い浮かべていたように思う。多分若くして、肉体におぼれることなく、感情を抑えることが出来る魂が宿っていたのであろう。
 
 
 
 
 
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