差別とは何か?
What Is Discrimination?
※日本人は差別語を差別において重要視する。
※米国人は人種分離を差別とする。
永井津記夫(ツイッター:https://twitter.com/eternalitywell)
9月4日に台風21号が大阪を襲い大きな被害をもたらした。私の住む泉南市内も各地で停電が発生し、我が家も3日間の停電に見舞われたが何とかしのいだ。 庭にソーラーライトが6個あり、それに単三の乾電池を入れ(家にたくさん買い置きしてあった)各部屋や階段廊下に置いてなんとか三日間の停電生活を乗り切った。我が家のソーラーライトの性能では、その下で読書をするのはやや困難であるが各部屋の移動には十分役に立った。
ついで、台風25号がやってきた。10月6日の台風情報をNHKのニュースで朝から見ていたが、9時のニュースでも台風の進路の中心は朝鮮半島の最南端の釜山を直撃するように進んでいるのに、北九州に大きな影響を及ぼすことを強調するだけで、朝鮮半島の「チ」の字も韓国の「カ」の字もださなかった。日本の台風情報であるから、日本のことだけ述べれば良いと考えているのだろうが、私の目には異常に映った。まるで「朝鮮半島」「韓国」という言葉を使うなという箝口令が敷かれているとしか思われない報道だった。(参照:http://gtrend.blog.jp/archives/12538229)
午後のニュースでも、台風が朝鮮半島の最南端を通過しているにもかかわらず、「朝鮮半島」「韓国」は天気予報の言葉としては出て来ず、夕方になってやっと、韓国のKBSのテレビ映像とともに韓国釜山が登場した。
NHKの異常な報道規制(天気予報の情報で朝鮮半島、韓国という言葉を一切使うなという報道規制)はいったいどういうことなのか。
とにかく、天気予報において「朝鮮(半島)」「韓国」という言葉を一切出さないのは私には非常に違和感があった。これは「差別ではないか」と強く思ったのである(注3)。
私は昭和44年に大阪府立高校の教員になっていらい差別問題とは無縁ではあり得ず少なからず差別問題にかかわってきた。大阪には被差別地区が複数存在し、在日朝鮮人も多数居住しており、大阪の教員は教科に関係なく差別問題に取り組む必要があるのだ。
日本には“差別”、“朝鮮人差別”という大きな「差別問題」がある。私が教師になった昭和45年くらいを境にして大阪では“同和教育”が強く推進されるようになった。大阪府の多数の高校で“同和教育推進委員会”が生まれた。委員会は各部署(生徒指導部、教務部など)に所属している教員が片手間で問題に取り組むので、それでは生ぬるいということで、多くの学校は“同和教育推進部(=同推部)”という専門の部を設けるようになった。が、この同推部は、差別問題だけを扱うのではなく、朝鮮人差別問題、障害者差別問題も扱い、その他の差別問題も扱うようになったので“人権教育推進部”と名称が変更されていった。
さて、1990年代の半ば、私の勤務する高校で同和教育の一環として『橋のない川』という映画を見ることになった。大谷直子と高橋悦史が出ていたのを覚えている。
この映画の鑑賞を学校行事として行なうことになり、校外の会館を借りて上映することになったのである。当日は学校での授業はなく、AET(Assistant English Teacher 英語指導助手)は参加の義務はないのだが、当時の米国人AETのドーンさんは人権問題に関心のある女性(アングロサクソン系白人で先祖は英国から米国に渡ってきた人)で、前日に日本語の宣伝用のパンフレットを持って私に映画のあらすじを説明してほしいと言ってきた。
私は映画会社が出しているパンフレットにざっと目を通し、掲載されている写真を指さしながら、
This man and this girl fall in love with each other, and….
などと説明をした。彼女は日本語の勉強も始めていたが映画のパンフレットはとても読めないし理解できなかったのである。
当日、ドーンさんは『橋のない川』を見たのであるが、女主人から他の者は手渡しで金を受け取ったのに出身の者は茶碗に金を入れた形で受け取るシーンを見て、「これが差別だ」と隣の席でかなり大きな声で言った。上映中だったので会話をすすめず、翌日、私は差別について彼女に質問をした。(彼女は被差別部落住民に対する「エタ」などの差別用語の知識はすでに持っていた。)
高校の人権教育で問題になるのは、生徒間では“差別発言”であり、対外的には就職時に面接などで差別的質問などをされていないか、就職などにおいて不当な排除をされていないかということである。私はドーンさんに、「アメリカでは生徒が黒人にniggerなどの差別語を使ったら、先生はどうするのか」と質問した。「先生はその場で厳しく注意し、叱るわ」。「それだけなのか」という私の質問にやや怪訝な顔をしながら「それだけだわ」と答えた。
つまり、米国人ドーンさんは、差別の核心(根幹)を言葉よりも(物理的具体的に現れる)“応対の仕方”と捉えているのだと思われた。米国人一般の理解もそうなのであろう。
南北戦争(1861~1865)後、黒人奴隷は解放され法的には奴隷制度はなくなり、黒人も米国市民になったのであるが、実質的には差別は継続し、人種分離(映画館、レストラン、鉄道、バスなどの席を白人と黒人に分けること、学校入学でも黒人を排除するなど)が多数の州で合法とされ、それが1960年代半ばまで公然と続いていた。
このような状態を廃止しようとケネディー大統領が公民権の制定に乗り出し、ケネディー暗殺後に後を継いだジョンソン大統領が公民権法を成立させた。
したがって、米国では“差別”とは黒人(有色人種)と白人をレストランやバスの座席や入学で分離するか、黒人を立ち入り禁止にすることであり、明確に形に現れた差別を意味していると考えられる。もちろん、言葉による“差別”も差別として認識し、抗議、反撃もするのであるが、米国人にとって最重要の差別は、“人種分離”を意味し、もっと、皮膚感覚的に表現すれば黒人には触れたくない、近づきたくないという気持ちを制度に表した“人種分離制度”であろう。
このあと、しばらくして思い出したことがあった。1970年頃、巨人の王選手はホームラン王として不動の地位を固めていたが、米国から来たロッテの黒人選手のアルトマン選手か、ヤクルトで王選手に迫るホームランを打っていたロバーツ選手だったと思うのだが(今から50年近く前のことで二人の記憶がごっちゃになっている)、ある新聞記者の質問に答えて、
王選手なら(米国の球場は日本より大きいので今のように四十数本まではいかなくても)大リーグでも30本はホームランを打てる。・・・日本には(黒人に対する)差別がない。暮らしやすい。(王の全盛時代の昭和43年に大リーグのカージナルズが来日し対戦したが、王は18試合、59打数21安打6本塁打17四死球、打率356で、最後の数試合は相手投手は王とまともに勝負せず四球を連発していたのを記憶している)
というような趣旨のことを述べていたのをドーンさんと話したあと思い出したのである。アルトマン選手が「日本には(黒人に対する)差別がない」と答えたとき、私は日本人が「黒んぼ」などの差別表現を使わないのだろうと漠然と考えていたのであるが(どういう点で差別がないのか、という質問を記者が続けてしなかったので)、米国人のドーンさんとの会話を通じて、日本には米国で行われていたようなレストランや劇場や乗り物などの人種分離差別がないといことを指して“日本には差別がない”と言ったのだ、ということに気づいた。アルトマン選手が活躍していた1970年ころは米国で公民権法が制定され目に見える形の差別が撤廃されていく過程であったと思われるが、まだ、差別が根強く残っていたと考えてよい。アルトマンは子供時代に激しい差別を体験したと考えられ、その体験に基づいて彼は「日本には(黒人)差別がない」と言ったのだろう。
日本では、「差別問題」というと差別の言葉が問題になることが多い。教室で生徒が差別を端的に示す言葉「エタ」を喧嘩相手(たとえ、被差別出身者でなくとも)を侮辱するために使えば、教師は大問題として対処する。それは当然のことであるが、言葉以外の目に見える差別を米国人は核心の差別として重要視しているのだということをドーンさんとの話を通じて私は理解し、さらに、以前のアルトマン選手の「日本には差別がない」という発言の真意も了解できたのである。
私はこの後、差別というものをより深く考えるようになった。被差別出身者、在日コリアン、障害者に対する差別語はなかなか根絶できないし、たとえ、表面的に根絶できたとしても心の中でそれらの言葉を叫ぶ連中はいるだろう。差別語の延長線上に“侮辱語”がある。ぶす、デブ、ブタ、ハゲ、チビなどである。これらの差別語、侮辱語を教育の場では現場ですぐに教師が対処し、厳しく叱り、状況に応じて処罰(停学など)を実施する必要が生じることもある。
が、言葉による差別は、する人間はする。たとえ口に出さなくても心の中で差別語を吐く人間はいる。言葉に重点を置く差別克服対策には限界がある。二大差別とされる「結婚差別」と「就職差別」がなくなれば、人間の尊厳を最も傷つけ時には命を奪うこともある「差別」はなくなったと考えてもよいのではないか、と思うようになったのである。
結婚差別で問題となるのは、愛し合う二人の一方が被差別の出身であるとき、他方の両親、兄弟、親戚がこぞって結婚に反対し、自殺に追い込んでしまうことが希ではなく存在した。最大の人権侵害は“人を殺すこと(生命を奪うこと)”であり、直接手を下さなくとも間接的に人を死に追い込むことも“最大の人権侵害を行なった”ことになる。刑事事件の殺人犯などは最大の人権侵害者である。
解放同盟傘下の一部組織が差別語を使った人物を糾弾し自殺に追い込んだことがあった。それは最大の人権侵害をしたことになり、言い訳のできないことである。差別されている者は最大の注意を払って差別撤廃運動をしなければならない。
朝鮮人差別問題も大阪の学校に勤務する教師は真剣に取り組むべき課題である。大阪には生野区を中心にして多数の在日コリアン(在日韓国人、在日朝鮮人)が住んでいる(大阪市平野区の加美鞍作かみくらつくりに住んでいる叔父が同地域に在住していた韓国の元大統領・李明博のことをよく覚えていた)。高校の場合は地域によってかなり差があるが、何名かの在日コリアンの生徒が各高校にはいる。彼らにとって大きな問題は差別と同様、就職差別、結婚差別であるが、通学時の大きな問題に、通名(日本式名)を使うか本名を使うかということがある。在日コリアンの活動家はほぼ本名を使うように求める。しかも、朝鮮語式の発音も求める(「朴正煕」ならボクセイキではなくパクチョンヒとするような発音)。
私は在日コリアンの活動家に誘われて高校生と差別解消に取り組む大人達の大会(数百人規模)に参加したことがある。高校生の生徒が本名問題で、通名を使う生徒が本名を使うべきかどうか迷っているという話をした。もちろん、活動家の大人達は本名を使うべきという立場だったが、私は教えた生徒の中に姓は本名(発音も朝鮮式)であるが、名前は日本式にしている生徒がいたので、「姓は朝鮮式で名前は日本式にしている(mixed namesの)生徒がいた」ことに言及し、そういう方法もあると発言した。もちろん、周りの在日コリアンの大人達は私の意見には賛成しないことを百も承知の上での発言である(在日コリアンの大人の活動家も多数いたのだがその場での反論はなかった)。
大会が終わるとすぐに一人の女子高生が私のところにやってきた。 「先生、私もミックストネイムにしようと思っています」と言った。大阪市内の進学校に通う清楚で聡明な感じの生徒であった。「君はもう高三なんだから、周りの大人の意見は聞くべきだが、自分で判断して決めたほうがいい。私は混合名に賛成ですよ」と応えた。なぜ、そのように考えるのか、その生徒ともっと時間をとって話合いたかったのであるが、大会後に会食の約束があり、話を切り上げなければならなかった。 混合名にしていた場合、たとえば、彼女に近づいて来て結婚を申し込む日本人の男性がいた場合、その男性は姓から女性の出自は分かっていて結婚を申し込んできているわけだから、周囲の差別する者の反対は乗り切りやすい。それと、朝鮮語式発音の名前はやはり理解のない周りの日本人には違和感があると思われる。在日コリアンの若者は自らの責任において本名問題にも国籍問題にも取り組む必要がある。高校生にもなったら自分で決断すべきだ(注1)。
差別の問題を考えてきたのだが、日本において今、大きな問題が発生している。歴代の韓国政府(とくに、朴正煕以後の政権)による“捏造の反日歴史教育に洗脳された韓国人が政権の中枢にいて、反日をあおり、韓国のマスコミも自国と自国民の本当の(恒久的)利益を考慮することなく尻馬に乗って反日に染まり、事実(真実)とはかけ離れた情報を垂れ流し、多数の日本人の怒りを買っている(そして、ネットなどでは聞くに堪えない朝鮮人に対する侮辱語がならんでいる。韓国政府の捏造反日歴史洗脳教育とそれを助長する韓国マスコミの反日キャンペーンは、日本に住む在日コリアンに対する差別を増幅させ、差別解消に奮闘してきた日本人、朝鮮人の努力を大きく毀損するものである)。憤慨している日本人の中には朝鮮人差別とは無縁の、というより、差別と闘ってきた日本人も多く含まれている。愚かな韓国政府と韓国マスコミは日本人の我慢の限界を超えた行動をとりすぎたようである。捏造の反日洗脳教育がうまく行くと思っていたら虫がよすぎる。嘘でその場をしのげるほど国際政治も日本も甘くはない。
中国共産党政権も1949年の建国以来、自国民を何千万と死に追いやってきた歴史を隠蔽しようとするためか、捏造・虚妄の反日洗脳歴史教育をし、悪役日本のイメージを植え付けようとしてきたが、ここにきてボロが出てきたようだ。毛沢東・周恩来の時代には戦争を遂行した日本政府・日本軍と“日本人民”は切り離し、前者を非難したが、後者は前者に操られた存在として非難しなかった。が、その後、指導者となった鄧小平は南京大虐殺記念館を建設し反日教育を開始し、外国の言い分にまるで弱い(愚かな)日本人の弱点を利用し、江沢民、胡錦濤の時代には、政府も国民も関係なしに日本全体を非難するようになった。しかし、人民全体の利益などを考慮せず(人民を如何におさえつけるかに腐心する)似非共産主義の中国歴代共産党政権は、時代遅れの中華思想に溺れすぎ、習近平に至って国家崩壊への墓穴を掘ったと考えられる。
共産党の本来目指すところは人民(国民)全体の経済的平等と生活の向上であるが、現在の中国共産党の経済運営によって、無数の一般国民と共産党特権階級の経済格差は米国以上の差(米国では1%の人が90%の所得を独占している…〈※訂正:10%の富裕層が80%所得を独占する〉)を生みだしていると考えられる。この格差は遠くない将来、中国を国家崩壊に導くと私は考えている(注2)。
(注1) Jリーガーで在日コリアンの選手が北朝鮮チームの一員として国際試合に出ているのを見たことがある。日本に住む在日コリアンの国籍は、「韓国籍」と「朝鮮籍」しかない。朝鮮半島が日本の敗戦後、統治から離れたとき、朝鮮半島出身者はまだ全員“(朝鮮系)日本人”であったが、北をソ連、南を米国が管理支配するようになり、状況は激変した。私のブログ「北朝鮮問題3」で次のように書いている。
***1945年に日本が太平洋戦争に敗れ、朝鮮半島は北部をソ連軍が統治し、南部は米軍が統治する状況となっていたが、それぞれ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と大韓民国(韓国)として独立し、1952年のサンフランシスコ講和条約の発効により、朝鮮系日本人は日本国籍を失った。日本在住の日本国籍を失った“元”朝鮮系日本人は、はじめはすべて「朝鮮籍」を持つ外国人とされていたが、1966年の日韓条約の批准後、多数の人が朝鮮籍から韓国籍に切り替えた(2016年12月現在:韓国籍 約48万5千人 朝鮮籍 約3万2千人)。が、切り替えなかった人たちは「朝鮮籍」のままである。この「朝鮮籍」の在日コリアンは北朝鮮籍ではないが、大多数の日本人は「朝鮮籍=北朝鮮籍」と思っている。日本に北朝鮮籍の在日韓国・朝鮮人はいない。この点において、マスコミも誤解している場合が多く見受けられる。現在、日本に“北朝鮮籍”の人間は密入国者かスパイでもないかぎり存在しない。「朝鮮籍」を持っている在日コリアンは、国際法上は“無国籍”になる。朝鮮籍の在日コリアンは、韓国籍を取ろうとすれば取れるのにそうしないのであるから、北朝鮮を支持する人が多いと思われるが、そうでない人もいる。北朝鮮は自分たちのシンパを増やすために「朝鮮籍=北朝鮮籍」のように見なしていると思われる。在日コリアンの中には二人の子どものうち一人には韓国籍をとらせ、もう一人は朝鮮籍のままとし、自分も朝鮮籍のままという人もいる。これは私の知り合いの在日コリアンの例である。***
上記のJリーガーについて私が不思議に思ったのは、朝鮮籍は「北朝鮮籍」ではないし、日本在住の在日コリアンがどうして北朝鮮チームの一員として参加できるのか、ということだった。
日本に住む在日コリアンの若者は自分の立ち位置(つまり、国籍)を自分の意志でしっかりと決めなければならない。親が朝鮮籍であってもそれは“北朝鮮籍”であるという意味ではない。無国籍の宙ぶらりんの状態を意味しているのだ。それをしっかりと子どもに教えている親はひょっとしたら多くないのかもしれない。朝鮮半島は明確な事実として隠然と(大きな)地域差別(大雑把に言って北と南の東西と済州島の四地域)が存在する。在日コリアンも“半日本人”として差別の対象となる。日本にも南北朝鮮にも差別者は存在する。私は在日コリアンには“日本人になる(帰化する)”ことをすすめる。差別する連中はどこにもいる。帰化しても2代目、3代目くらいまでは差別が残る可能性があるが、それを克服すれば子孫は押しも押されもせぬ“日本人”になる。いま関西にいる日本人の何割かは春秋戦国時代(BC770~BC221)に朝鮮半島と中国南部から戦乱を逃れて(他の部族に圧迫され戦闘や殺戮を経て)、また、663年に日本の百済救援軍が唐・新羅の連合軍に敗れ、その後、百済と高句麗が滅亡した時に、日本に渡ってきた人々の子孫(今は“大きな顔をして”日本人だと言っているかもしれない)だと私は考えている。
(注2) 私のブログ「中国はいつ国家崩壊するか」で中国の国家崩壊(中国共産党政権の消滅)の時期を予測(予言)している。中国の国家崩壊は2031年の辛亥年の数年前から始まる。 (2018年12月20日記)
(注3) 何も語らないことも差別につながる。1974年11月22日に兵庫県で八鹿高校事件が起こった。同校に通う女子生徒が交際する男性の家族によって交際を妨害されそれをめぐって、同校の教職員約60名を解放同盟の同盟員が学校で長時間にわたって監禁、暴行し、教師48名負傷、内29名重傷、1名なった事件が起こった。刑事裁判では解放同盟の被告人13名が拉致・監禁(致傷)・強要・傷害の罪で起訴され、全員の有罪が確定した。
三大紙では「朝日新聞」の報道が最も遅く、11月29日になってから初めて本事件を報じている。それも11月28日の参院法務委員会で日本共産党の議員の質問により、検察庁側が八鹿高校教職員の負傷者44人の存在を認めたためであった。朝日新聞側になぜ報道しないのかという抗議の電話などが多数寄せられていたが、他紙は報道しているのに朝日は国会で明らかになるまで報道しなかった。
これは、朝日新聞が解放同盟(傘下の組織)の糾弾を何度か受け、怯懦のために報道をしなかったのであろう。私は日本のマスコミに対して「内弁慶・腰抜け」と非難しているが、「問題」についても何も報道しないことが“差別をしていない”ことになるのではない。逆に差別していることになる場合もある。 *台風25号の時に、台風が朝鮮半島の南端の韓国釜山を直撃するコースをとっているのに、「朝鮮半島」の「チ」の字も「韓国」の「カ」の字も一言も言わないNHKの天気予報の報道姿勢は、朝日が解放同盟が関係する事件を国会で言及されるまで報道しなかったことと同じで(報道相手を怖れての)一種の“差別”であると私は思う。
日本のマスコミは、関係の組織(解放同盟など)、朝鮮関係の組織(朝鮮総連、民団など)、中国関係の組織などの抗議にはまるで弱いのではないかと私は考えている。正当な抗議や要望にはきちんと対応する必要があるが、暴力的で不当な要求にはそれに対する対応の仕方がある。これは学校などでは教えていないがマスコミなど(日本の企業も)はしっかりと対応能力を磨いておくことが肝要である(参照:私のブログ「アウトソーシングの危険性*会社をヤクザ的暴力からどう守るか」)。
脅されたらすぐに黙るようではマスコミの資格はない。外国の言い分は正当なものもあるが、不当なもの、非常識なもの、嘘も多くある。日本周辺のヤクザ国、野蛮国に対して日本国民を守るのがマスコミの重要な仕事の一つである。不当な外国に(脅されて)気を遣い忖度するのではなく、大人しく優しい日本人のために日本のマスコミは雄々しく闘ってほしいものである。(12月21日追記)
※1987年に朝日新聞阪神支局が“赤報隊”と名乗る組織に襲撃され記者1名が射殺されもう1名が重傷を負う事件が発生した。「すべての朝日社員に死刑を言いわたす」「反日分子には極刑あるのみである」というような犯行声明が出て、いかにも愛国を自称する右翼のような行動であるが、はたしてそうか。これは“朝日新聞”に対する脅しであるが、私が一つ疑問に思う点は、本当に死の制裁を加えるつもりならなぜもっと幹部クラスを狙わなかったのか、という点である(殺しは一度で止めている。一度で止めるなら、警戒のない初回に幹部を狙ったほうが衝撃が大きい)。街宣車でがなりたてる連中も右翼とされているが在日コリアンも数多くいると言われている。右翼をよそおいながら日本周辺のヤクザ国の意を承けた者の犯行の可能性はないのか、と私は常々疑問に思っている。(12月24日追記) (2019年2月27日一部修正)