玄関のチャイムが鳴った
出てみると、電報が届けられた
開くと、たった四つの文字だけが記されていた
「サヨナラ」
差出人は、夏美だった
僕には何のことか分からなかった
彼女とは3年の付き合いで、もうすぐ結婚しようと約束していた
昨日、婚約指輪を買ってきて、近く渡すつもりだった
そこへ、突然の「サヨナラ」
訳が分からず、彼女の家に電話した。留守電が答えただけ
携帯にかけてみる
「おかけになった電話は、現在電波の届かない場所にあるか・・・」
メールを送ってみる
返事はない
事態が飲み込めないまま、一週間が過ぎた
僕は意を決して、彼女の家を訪ねた
お母さんが出てきた 何度か会っている 僕のことを気に入ってくれた人だ
「あのう、夏美さんはいますか?」
「加納君・・・なんと言っていいか・・・娘は交通事故にあったの、今は病院よ」
「お母さん、その病院、教えてください。彼女に会いたい」
お母さんは逡巡しながらも、教えてくれた 市内で最も大きな大学病院だった
僕はその足で、病院に向かった
花を抱え、教えてもらった東病棟305号室の前で、僕は大きく深呼吸をした
そして静かに扉を横に引いた
彼女はベッドには寝ていなかった
車椅子に座って、窓の外を見ていた
「夏美」
彼女は振り返った そして言った
「加納君、電報受け取ったでしょ、何しにきたの?」
「お見舞いだよ どうしてサヨナラなんだい?」
「あのね、私の下半身はもう、動かないの、一生 あなたに負担をかけたくないの
あなただって、障害者と結婚なんて出来ないでしょ?だから、サヨナラ」
僕は腹が立った
「何言ってんだ 君が絶望の中にあるとき、支えることが出来なくて、なんの恋人だ
メリットもディメリットも含めて、君のすべてが僕のすべてなんだ
僕が君の足になる それは僕にとって幸福なんだ 結婚しよう」
僕はポケットから指輪の入った赤い箱を取りだした
そして、夏美の左の薬指にそれをはめた
夏美はしばらく指輪を見つめていた
そして目を強く閉じた
その、閉ざされたまぶたの端から、涙がこぼれ落ちた
僕は言った
「それが最後の涙だ 事故の後、たくさん泣いただろう 今、涙に別れを告げるときだ」
夏美は目を開き、きらきら光る瞳を僕に向け、言った
「ありがとう 好きよ 今度は涙に言うわね もう、必要ないもの サヨナラ」