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美の殿堂ものがたり「国立西洋美術館」_いつ見ても素晴らしい常設展の秘密

2019年06月16日 | 美の殿堂ものがたり

東京・上野の国立西洋美術館、通称:西美(せいび)は、広大な上野公園の中でも最寄りのJR上野駅公園口から最も近いところに位置することもあり、上野のミュージアム群の”顔”のような存在になっています。今年2019年で早くも開館60周年を迎え、美術館設立のきっかけとなった松方コレクションの展覧会が現在華やかに行われています。

  • 各時代を俯瞰する質の高いオールドマスター西洋絵画を、日本有数の常設展でいつでも鑑賞できる
  • 数奇な運命をたどった松方コレクションの安住の地となり、松方幸次郎の夢が形を変えて実現
  • 本館はコルビジェ建築として2016年に世界遺産に登録、展示空間そのものも楽しめる


コレクションが散逸せずにのこされる価値を伝えてくれる、日本でも数少ない美術館です。設立の経緯にさかのぼって、西美の魅力を探ってみたいと思います。


本館2F 常設展示室、光の美しさが素晴らしい

国立西洋美術館は、10,000点を超える膨大な松方コレクションの中で最後にのこった約400点の作品を展示する施設として、1959(昭和34)年6月10日に開館しました。大正から昭和にかけて欧州でその名を轟かせた一大コレクター・松方幸次郎のコレクションの名品の安住の地が日本となったことは、かけがえのない強運でしょう。

松方幸次郎は経営していた川崎造船所、現在の川崎重工業の前身の経営が傾いたことで、多くのコレクションを手放さざるを得なくなります。自らのコレクションを「共楽美術館」を建設して公開する夢を持っていましたが、実現することなく失意のうちに1950(昭和25)年にこの世を去ります。

死の翌年、松方の夢は大きく動き出します。


フランスからの寄贈返還交渉の成立は、当時の日本に勇気を与えた

1951(昭和26)年のサンフランシスコ平和条約締結の際に、フランスに保管されていたため敵国資産としてフランス政府に没収されていたコレクションの返還を日本側から働きかけ、フランス政府が条件付きで応じます。「専用の展示施設を建設」「一部作品は寄贈返還から除外」がその条件です。

日本は敵国であり、敗戦の痛手から立ち直っておらず、大切な美術品をきちんと保管できるかもわかりません。フランス政府の決断は、当時の日本の美術界や国民に大きな勇気を与えたことでしょう。

専用の展示施設の建設財源の確保に国は苦労しますが、当時の洋画家たちの協力もあって寄付金を集めることに成功します。設計も巨匠建築家のル・コルビュジエに依頼することになり、フランス側も満足できる美術館に仕上がったのが、現在常設展示室として使用されている本館です。

【オルセー美術館公式サイトの画像】 ゴッホ「アルルの寝室」
【オルセー美術館公式サイトの画像】 ゴーガン「扇のある静物」

「一部作品は寄贈返還から除外」は、フランス政府が作品の質の高さから最後まで首を縦にふらなかったもので、約20点がオルセー美術館などに収蔵されています。ゴッホ「アルルの寝室」、ゴーガン「扇のある静物」はその代表作です。日本への寄贈返還に応じると国内で批判にさらされることを恐れたのでしょう。いずれも確かに素晴らしい名品です。

この2点は、現在2019年6月から約3か月間開催されている「松方コレクション」展にも出展されています。ある意味”里帰り”しているとも言えるでしょう。

【展覧会公式サイト】 西洋美術館「松方コレクション展」


西美館内の松方コレクションの解説パネル

ル・コルビュジエの当初の設計案では、劇場なども含まれていましたが財政難で見送られています。その劇場の建設構想は国ではなく東京都が受け継ぎます。ル・コルビュジエとともに西美を設計した前川國男の設計により、西美開館の2年後に向かいの敷地に「東京文化会館」としてオープンします。外壁のデザインを西美と同じテイストにするなど、西美と調和のとれた美しい空間が、現在も訪れる人を和ませています。


西美は60年の間、成長を続けた

松方コレクションはフランス近代絵画が多かったこともあり、西美では西洋美術史の流れを俯瞰できることを開館当初から目指していました。近代以前からルネサンス期にさかのぼる「オールドマスター」作品の購入と寄贈受け入れを続けており、松方コレクション370点だけで開館した所蔵品は、現在4,000点を超えるまでに増加しています。

【西洋美術館公式サイト】 館内地図

展示スペースの確保のため1979(昭和54)年に、現在19c以降の作品や版画・素描作品の常設展示室となっている新館がオープンします。本館の裏、北隣の国立科学博物館との間です。展示スペースは2倍になり、この時から特別展開催時であっても松方コレクションは常設展示されるようになります。

1997年にはロダンの「カレーに市民」「考える人」の屋外ブロンズ彫刻が設置されている本館前の前庭の地下に企画展示室がオープンします。以降大型の特別展の会場となり、新館も現在のような常設展示スペースになります。


本館1F 常設展示室入口「19世紀ホール」

ル・コルビュジエ建築は、外観では建物1Fにピロティがあり、正面のデザインはフラットでシンプルなことが特徴です。上階の建物を柱で支えて吹き抜け空間を造るピロティは、人が集まる”広場”のような効果があり、その建築を敷居が高いようには見せません。


展示室内空間こそコルビジェのマジックが楽しめる

室内は自然採光の取入れと自由な壁の配置が特徴です。常設展示室入口「19世紀ホール」は吹き抜けの大きな空間で、自然採光がとても温かい趣を醸し出しています。壁にそって設けられた2F展示室へ上がるスロープは、「19世紀ホール」の展示作品を立体的に鑑賞させるとともに、2F展示室にも非日常空間が広がっていることをワクワクさせます。

2F展示室も自然採光が美しい展示室になっています。空間を楽しむことを意図したのでしょうか、住宅のロストのような中3Fが設けられていますが、現在は使われていません。小作品の展示室として小さな空間にしましたが、現在では狭すぎて使いにくいととらえられています。

しかしこの中3Fがあることで、2F展示室は天井の低いところと高いところが混在し、とても非日常性を感じさせる空間なっています。天井が低いと言ってもル・コルビュジエは、平均的な西洋人男性が手を伸ばした高さである226cm設けてあり、圧迫感はありません。この人体を基準とした建築サイズの取り方をル・コルビュジエは「モデュロール」と呼び、西美本館でも随所に採用されています。

空間デザインに奇抜さを感じることがあっても、落ち着きを感じさせるのは、「モデュロール」には「黄金比」のような人間に美しいと感じさせる効果があると考えられているためです。


2019年は西美”本気”の展覧会が続々

2019年は、近年まれにみる西美らしい展覧会が目白押しだと私は感じています。2月からは開館60周年記念展第一弾として松方幸次郎と並ぶ館で最も尊敬すべき人物を取り上げた「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」が行われていました。同時並行で、西洋で初めて活躍した美術商「林忠正 ―ジャポニスムを支えたパリの美術商」も開催したことは、とても西美らしい企画です。

開館60周年記念展は9月上旬まで行われる現在の「松方コレクション展」で終了しますが、10月からは「ハプスブルク展」、2020年3月からは「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」が行われます。

【展覧会公式サイト】 ハプスブルク展

「ハプスブルク展」は欧州有数の美術館・ウィーン美術史美術館が所蔵するハプスブルグ家のコレクションが大挙来日します。プラド美術館に次ぐベラスケスのコレクションが最大の目玉です。

【展覧会公式サイト】 ロンドン・ナショナル・ギャラリー展

「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」は館外貸し出しをしないことで有名な大英帝国の美の殿堂から、ゴッホのヒマワリを始め教科書クラスの大作が続々来日します。これだけの規模の所蔵作品展は世界初です。

こうした”すごい”企画展を見に地下の企画展示室を訪れた後は、本館と新館の常設展示室も必ず行きましょう。もちろん企画展を見る”前”でもOKです。西美の企画展はほとんどが常設展示も一緒に鑑賞できます。

西洋絵画史を俯瞰できる西美の常設展示は、間もなく新装オープンする東京・京橋のアーティゾン(旧:ブリヂストン)美術館、倉敷の大原美術館とともに、何回訪れても素晴らしいと思える見事な常設展示なのです。


西洋美術鑑賞は怖くない

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<東京都台東区>
国立西洋美術館
【公式サイト】https://www.nmwa.go.jp/


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