朱雀門を横切る近鉄特急
大阪や京都から近鉄電車で奈良に向かうと、終点の近鉄奈良駅の直前で平城宮跡の真ん中を通過する。天平の朱色が鮮やかに復元された大極殿と朱雀門を車窓として楽しむことができるのだ。「世界遺産の中を鉄道が走っていていいの?」と思われがちだが、その風景は実に味がある。「奈良に来た!」と見事に思わせてくれる。そんな稀有な車窓をご紹介したい。
平城宮跡を通る近鉄奈良線は、1914(大正3)年に開業した。当時は大極殿の後がようやく確認された頃で、現代のように遺跡として保存するという価値観はなかった。ほとんどが田んぼや放牧地として利用されており、鉄道を通すことに違和感はなかったと思われる。それから100年、近鉄電車はここを走り続けてきた。しかし長い間、まるで北海道の原野を通過しているように「何もない」車窓だった。
1998年に線路のすぐ南側に朱雀門が復元されると車窓は一変した。原野のような土地と青空しかない空間に、突如天平時代を想像させる赤い立派な門が現れたのである。2010(平成22)年には、線路の北側に第一次大極殿が復元され、線路の両側に平城京のシンボルが並び立つことになる。
大極殿が目の前に飛び込んでくる(車内から撮影)
「何もなかった」車窓から一変し、赤い建物が見えると「奈良に来た!」と実感できる。電車に乗って奈良に行く楽しみが一つ増えたようなものである。しかしこれはあくまで「車内から」平城宮跡を見た価値観だ。
平城宮跡から通過する近鉄電車を見る価値観はどうだろうか。実は奈良市民の中にはこの風景を肯定的にとらえる人が少なくない。私もこの風景のファンだ。ここでしか味わえない奈良らしさを感じる。鉄道の方が圧倒的に古くから存在していることから、後からできた朱雀門や大極殿の方が、上手に鉄道風景に溶け込んでいるように見えるのだ。
大阪・京都から乗車した場合、奈良に向かう進行方向左側に大極殿、右側に朱雀門が見える。終点の近鉄奈良駅の2つ手前の駅・大和西大寺を発車すると、緑の中に突然現れる。それなりのスピードが出ているので、スマホやデジカメなら静止画より動画の方がきれいに撮影しやすいだろう。
高さ日本一の「あべのハルカス」ビル(車内から撮影)
近鉄奈良線にはもう一か所、車窓の名所がある。大阪と奈良の間にそびえる生駒(いこま)山麓を通過する際に絶景が見えるのだ。近鉄奈良線で大阪から奈良に向かうと正面に見えるのが生駒山だ。山の麓にある瓢箪山(ひょうたんやま)駅を通過すると左にカーブしながら電車はぐんぐん山を登り始め、石切(いしきり)駅を過ぎたところでトンネルに入る。石切駅の手前あたりがベスト・ビューで、大阪平野が一望できる。
大阪都心の高層ビル群と六甲山の山並み(車内から撮影)
大阪から乗車した場合、奈良に向かう進行方向左側に絶景が広がる。昼間はもちろん、夜景も見事だ。長野の姨捨(おばすて)駅から見下ろす善光寺平の夜景は有名だが、ここはもっと大都会であり光に埋め尽くされる。近鉄奈良線の生駒~大和西大寺間は、関西でも閑静な住宅街として知られる。毎日こんな絶景を見ながら通勤できるとは実に頼もしい。
日本全国の夜景紹介サイト【こよなく夜景を愛する人へ】 石切から見える夜景の楽しみ方
奈良県と近鉄が平城宮跡付近の線路を地下化する検討を始めたと2017年に報じられた。国営公園として整備するための措置のようだが、あの車窓が見えなくなってしまうと思うと複雑さを隠せない。
鉄道&歴史、両方のファンにおすすめ