今年2018年の美術展では、ロシアが世界に誇るモスクワの二大美術館から名作が連続してやってきています。春から夏にかけてのプーシキン美術館展に引き続き、渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムでトレチャコフ美術館所蔵作による「ロマンチック・ロシア」が11月から始まりました。
展覧会は19c後半から20c初頭に活躍した、写実表現を基本とする「移動派」と呼ばれるロシアの画派の作品で構成されています。クラムスコイ、シーシキン、レーピンといった移動派の巨匠の名作が目白押しです。
移動派の画家たちは、ロシア芸術の世界的巨匠として著名な音楽のチャイコフスキー、文学のトルストイやドストエフスキーと同じ時代に活躍しています。ロシアの画家は日本での知名度は正直高くはないですが、この展覧会であらためて彼らの表現力の見事さに気付くことができます。
19c後半のロシア社会は、西欧列強に比べ近代化に出遅れたことによって帝国主義戦争で敗戦が続き、民衆の不満が高まる時代でした。この展覧会では、そんなロシア社会と向き合った画家たちの”エネルギー”を感じることができます。ロシアはとても奥深い国なのです。
トレチャコフ美術館は、紡績業で巨万の富を得たパーヴェル・トレチャコフが、1880年代にモスクワの自宅でロシア画家のコレクションを公開し始めたことを起源としています。
ロシアの著名美術館は所蔵作品の線引きが明確なことが特徴です。モスクワにあるトレチャコフ美術館はロシアの画家、プーシキン美術館は西欧の画家です。サンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館は西欧の画家、ロシア美術館はロシアの画家です。いずれもソ連時代に国家によって強制的に貴族や富裕層の所蔵品を集約したことで、明確に線引きされています。
結果的に所蔵作品の質量とも世界トップクラスの美術館になっています。美術品は集約されると一か所で鑑賞できることから、かけがえのない価値が生まれます。日本はこの点で大きく世界の遅れをとっています。世界の巨大美術館やその展覧会を鑑賞するたびに、集約のチカラに対してとても羨ましく思います
移動派という名前は、旧態依然としていた官立アカデミーと決別し、ロシア各地を巡回しながら写実的な作品を発表していたことに因んでいます。フランスの印象派と同じような経緯で形成された画派なのです。
【展覧会の見どころ 公式 YouTube】
まず最初に展覧会を紹介するYou Tubeをご覧いただくのもおすすめです。展覧会の雰囲気をつかむにはとても便利です。展覧会は4章で構成されています。
【トレチャコフ美術館公式サイトの画像】 レヴィタン「春、大水」
【トレチャコフ美術館公式サイトの画像】 シーシキン「雨の樫林」
第1章は大地の風景画を四季ぞれぞれ展示しています。どこまでも広大な大自然と大地を主役にしていることに強く惹かれます。北海道どころではない世界最大の大地の奥深さに惹かれます。フランスの印象派の画家たちは見ることができなかった、けた違いのスケールの大自然の表現は、ロシアの画家にしかできない芸当です。
レヴィタンIsaak Ilyich Levitanの「春、大水」は、大量の雪解け水が森を水浸しにしている風景を描いています。木々はまだ葉もつけておらず一見殺風景に見えますが、これこそロシアの人にとっては春の訪れを象徴するシーンです。とても明るさを感じます。
シーシキンIvan Ivanovich Shishkinの「雨の樫林」もとてもロシア的な表情です。どこまでも続くうっそうとした森に夏の陽光が差し込んでおり、その光をたどるように男女が歩いています。よく見ると男女は傘をさしています。雨にもかかわらずロシアの短くも明るい夏を見事に表現した名作です。
【トレチャコフ美術館公式サイトの画像】 レーピン「ルビンシュテインの肖像」
【トレチャコフ美術館公式サイトの画像】 クラムスコイ「忘れえぬ女」
第2章は人物画です。レーピンIlya Efimovich Repinはモデルの内面をも描き出す写実的な肖像画で知られます。「ピアニスト・指揮者・作曲家アントン・ルビンシュテインの肖像」や「画家イワン・クラムスコイの肖像」はその最たる傑作です。今回の展覧会で私にとって最も印象に残った画家です。
クラムスコイIvan Nikolaevich Klamskoyは移動派の中心的人物です。日本で最も人気のあるロシア絵画と言える「忘れえぬ女」は今回で驚きの8回目の来日です。クラムスコイはモデルがだれかを明らかにしていませんが、トルストイの小説アンナ・カレリーナの不倫する女性主人公をイメージして描いたと今では考えられています。
絵の原題は「見知らぬ女」です。挑発的でもある女性の視線の描写によって、クラムスコイは当時のロシア社会に自らの思いを投げかけているように見えます。
【トレチャコフ美術館公式サイトの画像】 クズネツォフ「祝日」
最後の第4章は都市や生活の様子を描いた作品です。クズネツォフNikolay Dmitrievich Kuznetsovの「祝日」は草原で一眠りしている少年を描いています。少年が纏う衣装から一目でロシアとわかります。横たわる少年にだけスポットライトをあてたような明るい描写が印象的です。
展覧会と並行してBunkamuraでは音楽やグルメなど、様々な角度からロシアを楽しむコンテンツを用意しています。ホールや劇場もあるBunkamuraらしい演出です。。
【Bunkamura公式サイト】 Russian Celebration
こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。
ロシア絵画ってあまり知られていないよね。
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Bunkamuraザ・ミュージアム
Bunkamura 30周年記念
国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア
【美術館による展覧会公式サイト】
主催:Bunkamura、日本経済新聞社、電通
会期:2018年11月23日(金)〜2019年1月27日(日)
原則休館日:11/27、12/18、1/1
入館(拝観)受付時間:10:00~17:30(金土曜~20:30)
※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、2019年4月から岡山県立美術館、2019年7月から山形美術館、2019年9月から愛媛県美術館、に巡回します。
※この美術館は、常時公開している常設展示はありません。企画展開催時のみ開館しています。
◆おすすめ交通機関◆
JR山手線「渋谷」駅下車、ハチ公口から徒歩7分
京王井の頭線「神泉」駅下車、北口から徒歩7分
東京メトロ銀座線、京王井の頭線「渋谷」駅下車、徒歩7分
東急東横線・田園都市線、東京メトロ半蔵門線・副都心線「渋谷」駅下車、3a出口から徒歩5分
JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:30分
東京駅→東京メトロ丸の内線→赤坂見附駅→東京メトロ銀座線→渋谷駅
【公式サイト】 アクセス案内
※この施設には有料の駐車場(東急本店)があります。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。
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