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明治工芸への館長の愛情 ~清水三年坂美術館~

2016年10月25日 | 美術館・展覧会
東山の高台寺から山麓沿いに清水寺を目指すと、今やレンタル着物を着飾った世界中の観光客があふれ、京都を感じさせる街並みのでは一番人気であろう二年坂、(さんねいざか)と歩いていく。

美術館はこの産寧坂にあるのだが、館名は「三年坂」。「二年坂」の次は「三年坂」の方がわかりやすい?、「産寧坂」と「三年坂」は発音が似ている?、本当のところはよくわからないが、正式名称よりも有名になった別名「三年坂」を館名につけておられるので、マーケティングにも知恵を絞っておられると拝察する。

コレクションの明治工芸とは、当時の欧米人に日本の美術・工芸品が非常に受けが良かったため、輸出用・土産用に多く制作されたものである。明治の文明開化は日本人の関心をひたすら西洋文化に向かわせた。浮世絵や陶磁器、工芸品といった江戸時代後半以降に制作された美術工芸品は、日本国内では見向きもされなくなっていた。

江戸時代後半に高度に発達した工芸技術を持つ職人が大量に失業し、浮世絵も売れなくなって大量の在庫となったため、市場を欧米に求めた。その戦略は成功、質の高い美術工芸品はパリやロンドン、ニューヨークの古美術商で大変な人気を博したの。

明治工芸品はこのような事情で、浮世絵と同じく日本国内にはあまり残っておらず、日本製なのに日本人はあまり目にしたことがない美術品、ということになる。

日本人向けに作られた伝統工芸品にはない「リアルさ」。これが明治工芸品の大きな特徴であり、魅力だと思う。工芸品なので絵画とは異なり3Dで表現できることもあるが、初めて見た人の大半が「すごい!」「どうやって作ったの?」「現代の職人ならできないのでは?」と感じるだろう。

館長も明治工芸に魅了されたお一人で、欧米の古美術商を回ってコレクションを蓄積されている。個々のコレクションは他の美術館に貸し出されることが多く、その展覧会の際には「超絶技巧」という表現をよく目にする。

まさに「すごい!」であるが、それもそのはず、戦前まで宮内省がお墨付きを与えた美術家・工芸家である「帝室技芸員」として顕彰された並河靖之らの作家の作品がずらりと並んでいるのだ。

館では、蒔絵、七宝、金工等を中心に、一年ですべての作品を入れ替えるよう常設展の展示を工夫されている。また3か月ごとに企画展もされており、いつ訪れても新しい発見があるだろう。



明治初期1880年前後は、パリでは「ジャポニスム」と呼ばれた一大日本美術ブームが起こっていた。

日本美術をパリでブームにするのに大いに貢献したユダヤ人画商サミュエル・ビングがパリに日本美術商を開き、そこを訪れたゴッホが、歌川広重の名所江戸百景「亀戸梅屋舗」「大はし あたけの夕立」を模写した油絵を描いた。モネが「ラ・ジャポネーズ」で着物を着た少女を描き、浮世絵や工芸品など膨大な数の日本美術が欧米に残されることになった。

海外“流出”という表現も見受けられるが、私は見向きもされない日本国内にあったとしたら、かえって失われていた可能性が高いので、よかったと思っている。欧米できちんと守り続けられたからこそ、現代にかけがえのない美しさを伝えてくれている。

館長はそうした中から一つ一つオーラを発する作品を集めていった。この館の明治工芸は館長の深い愛情に包まれている。

日本や世界には数多くの
「唯一無二」の名作がある。

「そこにしかない」名作に
ぜひ会ってみてください。

休館日 月・火曜(祝日開館)(例外が発生する可能性もあるので訪問前にご確認ください)
公式サイト http://www.sannenzaka-museum.co.jp/

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