名古屋の徳川美術館のダブル展覧会、レポートの後半戦は「合戦図」展です。あたかも歴史の教科書を開くがごとく、長篠や関ヶ原など数多くの著名な合戦を描いた屏風や絵巻が全国から名古屋に集結しています。
- 戦国の最終勝者となった徳川の“栄光の歴史”を見せつける合戦図屏風は圧倒的な迫力
- 「大坂冬の陣」唯一の屏風のデジタル復元も展示、夏の陣図よりも戦いの様子がリアル
- 中世の軍記物語の展示も充実、「合戦」をモチーフにした作品の変遷はとても興味深い
「合戦図」というと、どこかマニアックなテーマのようにも思われがちですが、その描かれ方からは、製作当時の政治状況や流行の様子までもがつたわってきます。ファッションショーのようにカラフルな武具をまとった武将たちの描写も見事です。「合戦図」とは、実はとても奥深いモチーフであると気付かされます。
合戦をモチーフにした絵画の登場は、「平治物語絵巻」「前九年合戦絵巻」など、鎌倉時代初期に製作された軍記物語にさかのぼります。先の時代の著名な戦いを、時間を追ってストーリーのように表現していく巻物に描かれた物語絵です。そのため屛風に比べると画面は随分小さくなります。
平安時代末期に応天門の放火事件を描いた「伴大納言絵巻」も、拡大解釈すれば軍記物語と見なせますが、「平治物語絵巻」とは制作時期に大きな隔たりはないとみられています。歴史的な争乱を記録した絵巻が貴族階級の間で珍重されるようになったのは、平安時代末期と考えられるでしょう。
鎌倉時代から室町時代へ時が流れると、武士が先祖の武功を顕彰したり、武士精神の理想像を投影するモチーフとして定着していきます。室町時代には屏風絵が一般的になり、画面サイズもとても大きくなります。
合戦図の絵師は判明していないものが大半ですが、やまと絵風の描写から桃山時代は土佐派が多いと考えられています。土佐派は武将の肖像画も得意としており、朝廷だけではなく武家にも人気の流派でした。
江戸時代には狩野派も合戦図を手がけるようになります。「平家物語の敦盛最期」のような古典のエピソードを大きくとりあげた作品は、太平の世のエンタテイメントとして人気は衰えませんでした。
大坂冬の陣図屏風デジタル想定復元
蓬左文庫に進むと、まばゆい輝きを放つ屛風が目に飛び込んできます。凸版印刷によって想定復元された「大坂冬の陣図屏風」です。この復元作品は写真撮影可能です。
東京国立博物館蔵「大坂冬の陣図屏風」は完成品の模写で、着色されていない部分もありますが、彩色の指示が残されています。完成品は所在不明なため、この彩色指示を元に「想定」して復元しています。
「大坂夏の陣図屏風」は大阪城天守閣所蔵の重要文化財を始め複数の作品が確認されていますが、「冬の陣」を描いた作品は東博所蔵の一点しか確認されていません。埋め立てられる前の大阪城の巨大な堀や出城の真田丸が描かれており、難攻不落と呼ばれた大阪城の迫力と戦いの激しさがリアルに伝わってきます。
【展覧会 公式サイトの画像】 名古屋市博物館蔵「長篠合戦図屏風」六曲一隻
蓬左文庫では「合戦図」展の内、戦国〜江戸時代の合戦を描いた作品が展示されています。著名な戦いがずらりと並びます。
数ある「長篠合戦図屏風」中で江戸時代初期に製作された最古の作品とされる名古屋市博物館所蔵品が注目されます。六曲一隻とペアではなく武田軍が描かれていないことから右隻が失われてしまったと考えられています。
桃山時代に流行した金地金雲が画面を覆いますが、武将は特定できず、部隊が大まかに配置されているだけのシンプルな構図です。江戸時代初期の合戦図は、特定の武功を称えるのではなく、戦の記念碑的な性格が強かったと考えられています。8/20以降のB期間展示です。
【展覧会 公式サイトの画像】 徳川美術館蔵「長篠長久手合戦図屏風」六曲一双
8/18までのA期間展示では、教科書に載っていることもあって最も有名な徳川美術館蔵の「長篠長久手合戦図屏風」が展示されていました。この作品の製作は江戸時代後半と時代が下り、数多い長篠合戦図と同じく犬山城主の成瀬家に伝わる図の写本と考えられています。
武将の解説や鉄砲発射の際の黒煙など、とてもリアルに描かれています。武田軍の騎馬隊を防ぐ柵など、現代人が抱く長篠の戦いのイメージはこの作品によって擦り込まれていると行っても過言ではありません。
長篠合戦図の多くはこの作品のように、家康が秀吉に勝利した長久手合戦図とペアで屛風にされています。長篠&長久手は徳川の栄光を伝えるモチーフとして、江戸時代は高い権威を誇っていたのです。
八曲一双の巨大な「関ヶ原合戦図」も名品です。津軽家に伝来し、現在は大阪歴史博物館が所蔵する重用文化財です。この作品も製作時期は早く、画面一杯におびただしい数の武将や兵士が描かれていますが、家康以外の武将は特定できずません。西軍は逃走する姿だけが描かれています。東軍勝利に大きく貢献した豊臣恩顧の大名ではなく、家康一人の権威付けを重視したような作品です。
「合戦図」展の会場は旧本館の企画展示室に続きます。こちちらでは主に室町時代以前の合戦や争乱を描いた作品が展示されています。
【展覧会 公式サイトの画像】 東京国立博物館蔵「平治物語絵巻 六波羅行幸巻」
日本の軍記物語絵巻の至宝、東京国立博物館蔵の国宝「平治物語絵巻 六波羅行幸巻」は8/18までのA期間展示でした。図録の画像と8/20以降のB期間展示の江戸時代の模写でしか鑑賞できていませんが、描写の繊細さはやはり別格です。
この作品は合戦図特有の凄惨な描写はありません。余白を大きく取った構図に後白河上皇や二条天皇を脱出させる兵士たちの様子が整然と描かれています。甲冑の色使いが効いているように、発色の美しさがめだちます。最高級の絵具と紙を使い、大切に守られてきたものでしょう。芸術的です。合戦図なのにとても「綺麗な」作品です。
【展覧会 公式サイトの画像】 逸翁美術館蔵「芦引絵 五巻のうち巻四」
合戦は、寺社の縁起絵巻など軍記物以外にも物語の1シーンとして描かれるようになります。展覧会ではそうした作例をいくつか確認することができます。
逸翁美術館蔵の重用文化財「芦引絵 五巻のうち巻四」は稚児の恋物語の1シーンにある夜襲の様子を比叡山と興福寺の争乱になぞらえて描いたものです。生首や流血がリアルに描かれ、仏教美術の地獄絵のようなおどろおどろしさを醸し出しています。争い合う人間の愚かさを戒めるような描写に観じられます。
江戸時代に製作された源平合戦のモチーフでは、戦全体ではなく特定の人物とエピソードを大きく描いた作品が目立ちます。武功の顕彰ではなくエンタテイメントとして愉しんでいたことがよくわかります。大名家のプライベート空間で使う「奥道具」としても人気があったようで、女性にももてはやされた絵画モチーフだったのでしょう。
「桃山の名画」に引き続き、居並ぶ名品から各時代の文化や流行がとてもよくわかる展覧会でした。刀剣と同じく合戦図も「美しい」と感じられるようになりました。
こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。
「合戦」から日本史の分岐点が見える
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<名古屋市東区>
徳川美術館
夏季特別展
合戦図 ―もののふたちの勇姿を描く―
【美術館による展覧会公式サイト】
特別公開
大坂冬の陣図屏風 デジタル想定復元
【美術館による展覧会公式サイト】
主催:徳川美術館、名古屋市蓬左文庫、読売新聞社
特別協力:凸版印刷(株)
会期:2019年7月27日(土)~9月8日(日)
会場:蓬左文庫 ガイダンスホール/展示室1,2、企画展示室
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30
※8/18までのA期間、8/20以降のB期間で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※B期間展示期間内で、展示期間が限られている作品/場面があります。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。
特別公開
ICOM KYOTO 2019記念
桃山の名画
【美術館による展覧会公式サイト】
会期:2019年8月20日(火)~9月16日(月)
会場:第5展示室
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30
※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
◆おすすめ交通機関◆
JR中央線「大曽根」駅下車、南口から徒歩10分
地下鉄名城線「大曽根」駅下車、E5出口から徒歩15分
名鉄瀬戸線「森下」駅下車、徒歩10分
市営バス基幹2系統「徳川園新出来」停留所下車、徒歩3分
名古屋駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:35分
名古屋駅→JR中央線→大曽根駅
【公式サイト】 アクセス案内
※この施設には無料・有料の駐車場があります。
※休日を中心に、駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。
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