一膳めし 黒ねこ亭

酒市魚行是梵宮
食べることは生きること
日々の拙い食記録

第七回 佳糧会東京学会報告 vol.2 浅草『飯田屋』 2020.2.13

2020-11-24 12:26:32 | 佳糧会

学会2日目は浅草。

1日目は中野で懐かしい味と七年越しの豆腐煮に舌鼓を打った。さて2日目。時季的に河豚、鮟鱇、鴨の鍋もいい。鼈という手もある。あれこれ意見を出し合い、この時季のもので二人とも食べたことのないものということで、なまずにしようと決まった。だが不肖クズリ、浅学なため都内になまず専門店は知らない。そこで浅草はどじょう料理の老舗『飯田屋』に行き、冬季限定で出しているなまずを賞味し、ついでにどじょうを吟味、探究することになった。

晴天に恵まれ、二月だというのに汗ばむほどの陽気の中、電車を乗り継ぎ浅草へ。浅草寺に参詣をすませたのち飯田屋へ向かう。

 

かっぱ橋本通りにある飯田屋に到着。佳い佇まいだ。

浅草を愛してやまなかった永井荷風が三日にあげず通った店である。荷風先生はいつも一人でボストンバッグと傘を持ってやってきて、座る場所も食べるものも決まっていて、柳川とぬたと小瓶のビールだったそうな。

 

江戸時代慶應年間に創業され、1902年(明治35年)にどじょう料理専門店となり、この年を創業年として今年で創業118年目を迎える。店名は元々「飯田」だったのがいつしか「飯田屋」と呼ばれるようになり、昭和後半に現在の屋号「どぜう飯田屋」になったとか。

ちなみにどじょう屋などで、どじょうのことをどぜうと表記するようになったのは江戸時代、これも浅草で有名などじょう屋「駒形どぜう」の初代店主越後屋助七の発案だと言われている。

駒形どぜうは享和元年(1801年)の創業で、文化3年(1806年)の江戸の大火で店が類焼した際、どじょうは旧仮名遣いで「どぢやう」もしくは「どじやう」と書くのが正しいのだが、4文字では縁起が悪いので奇数文字で発音の近い「どぜう」の文字を使うことにした。これが評判を呼び店は大繁盛。その話が江戸の町中に広まり幕末には他の店も真似て「どぜう」を看板に使うようになったということだ。

 

 

 

11時30分の開店に合わせて暖簾をくぐる。一階の奥、窓際の座卓に案内された。

壁に貼られている短冊の品書きの中に、[奈まず唐揚げ]・[ 奈まず鍋]とあった、無事になまずにありつけそうだ。

 

 

先ずビールを注文し、乾杯。 

喉を湿しつつ、さて初なまずは唐揚げか鍋か・・・。飯田屋に来たからにはどじょうの鍋も食べたいし、蒲焼も捨てがたい・・・相談の結果、なまずは唐揚げに決定。他にぬた、どぜう蒲焼、玉子焼き、どぜう鍋を注文した。

 

 

ぬた

下町居酒屋定番の肴。所謂、魚介と野菜を酢と味噌の合わせ調味料で和えた料理。ここのはその味噌が独特でなんともいえず旨い。本マグロとわかめ、うど、くらげが和えてある。

これは日本酒でいきたいなぁと思っていたら、お店の方が「代々女将にだけ伝えられている味付けの江戸味噌なんです。お酒に合うように少し濃いめになっているんですよ。」と教えてくれた。

早速、石川「吉田蔵」純米を注文し、合わせてみたらこれが滅法うまい。

 

 

 

奈まず唐揚げ

人生初となる『奈まず唐揚げ』が供された。

意外や意外、クセのない白身でふっくら柔らか。川魚にありがちな泥臭さもなく、ほどよく脂もありとてもおいしかった。

今回は少し腰が引けて食べ易そうな唐揚げにしたが、これならぜひ鍋も食べてみたいものだ。

 

 

 

どぜう蒲焼き

飯田屋に来たらはずせない一品。焼きたて熱々に、粉山椒をふってかぶりつく旨さはたまらない。

鰻より脂っ気が少なく、さっぱりとしていて滋味豊か。酒が進む。

 

 

 

 

玉子焼き

とっても甘い玉子焼き。普段、酒の友にするならだし巻きだが、甘い玉子焼きに染めおろしを添えていただくと、ほっとするおいしさ。会長はとても気に入った様子。

箸休めというか盃休めといおうか、一息いれるには丁度いい一品。

 

 

 

どぜう鍋

飯田屋のどじょう鍋は、どじょうが丸のままのどぜう鍋、骨をぬき背開きにしてあるほねぬき鍋、開いたどじょうと牛蒡を煮て玉子でとじてある柳川鍋の三種類ある。今回はどぜう鍋だ。

運ばれてきた鍋の中は代々主人にのみ継承される秘伝の割下と丸のままのどじょうが十数匹。丸どじょうは骨があるので、あらかじめやわらかく煮込んだものが入っている。別にささがき牛蒡と刻み葱が木箱に盛られて出てきた。お店の方がコンロに火を付け、ささがき牛蒡をたっぷりのせてくれる。少しして割下がふつふつとしてきたところで葱をのせてくれた。この葱はおかわり自由だそうな。

牛蒡が煮えてきた頃合いでいただく。どじょうの身はふわふわで口の中でとろける。骨も柔らかくほんの少し歯触りがある程度だ。葱や牛蒡の風味が溶けた割下もいい塩梅で、『浅草 やげん堀』の七色や山椒をあたれば味がさらに引き立つ。

どぜう鍋で酌っていると不思議と喉の滑りがよくなって酒がスルスルと入ってしまう。会長が“此奴まだ飲むつもりか…”という呆れ気味の視線をくれていたが、プレッシャーに屈せず酒の追加を頼む。

するとお店の方が「お酒お好きでしたら、ちょっと珍しいと思うんですが、なまずのヒレ酒というのがございます。宜しければいかがですか?」と勧めてくれた。

なまずのヒレ酒…!?ふぐのヒレ酒は知っているがなまずというのは聞いたことがない。お店の方によると今年から提供し始めたのだという。これは酒徒として見逃せない。

 

なまずヒレ酒

ふぐのヒレ酒同様、酒器に炙ったヒレと80℃前後まで燗された酒を注ぎ蓋がされた状態で運ばれる。そしてお店の方が蓋を取って直ぐにヒレ酒の表面へ火を点けてくれた。これで余分なアルコールを飛ばし、アルコールのツンとした香りと魚臭さを消しマイルドに仕上げる。

 

再び蓋をして暫し蒸らす。

蓋を取るとじっくり炙られたヒレの香ばしさが立ちのぼる。酒器の中には、なまずのヒレが4、5枚入っていた。

ほんのり琥珀色になった酒をちびり、ちびりいただく。ふぐヒレほど旨みは濃くなく軽い味わいだ。臭みは全くない。

川魚だからかヒレからでる旨味成分(イノシン酸)は多くないのだろう。しかしこの香ばしくて軽い風味は後を引く旨さだ。どぜう鍋との相性が悪かろう筈はなく、夢中で味わっているうちに干してしまった。

もう一杯!と言いたいところだったが、どぜう鍋も完食、会長の眼力が上がり怪光線を出しそうな勢いだったのでこれでおつもりにする。

 

飲んだ後は締めだ。飯田屋の締めと言えばこれ。

 

ご飯、どぜう汁

 

どぜう鍋の下地は醤油ベースだが、どぜう汁は江戸甘味噌仕立て。丸のままのどじょうに牛蒡と葱を加え、やや濃いめに仕上げてある。そのまろやかでコクのある味わいはたまらない。それでいて丸どじょうの淡い苦みがアクセントになり、後味はすっきりしているので締めにもぴったりだ。夏冬に応じて味噌の加減を変えているのだという。

私はいつも飲んだ後でどじょう汁とご飯をもらって、行儀の悪いぶっかけめしをやる。これがうまいのなんの。これをやらないと飯田屋へきた意味がないとさえ思ってしまうほどである。

今回も半分はそのままどじょう汁とご飯をいただく。どじょう汁はもちろん、ご飯も佳い炊き加減でとてもおいしい。そして後の半分はいつものように汁かけ飯だ。実にうまいことおびただしい。甚だ粗野であることは承知しているが、どじょうは江戸の昔からの庶民の食い物である、ざっかけない食べ方もまた醍醐味。何卒ご海容いただきたい。

 

思うさま酒食し大満足で店を出た。

 

店を出て気が付いた。入口の暖簾の横に『奈まず鍋相始免申候』と出ているではないか。冬場これが掲げられるとなまず鍋が食べられるという目印である。店構えに気を取られてまったく気づかなかった・・・やんぬるかな。

なまず唐揚げは予想以上の味であったし、新機軸のなまずヒレ酒にも出会えた。どじょうも蒲焼き、丸鍋、どぜう汁と堪能。お店の方々の心遣いもありがたく、多くを学ぶことができた。

しかし、冬季はなまずの鍋、蒲焼。どじょうも南蛮漬け、唐揚げ、夏季には卵を持つのでそれも味わいたい・・・と、飯田屋にはまだまだ吟味探究の余地がある。

また時季をみて、訪れたいものだ。

 

 

『どぜう飯田屋』

東京都台東区西浅草三丁目3番2号

水曜日定休

 

 

5年ぶりとなる今学会では、7年前に訪れた中野の大衆割烹居酒屋『第二力酒蔵』への再訪、そして浅草のどじょう屋『どぜう飯田屋』の探究をした。どちらも永く愛されている老舗。ブレず、驕らず、侮らず。当たり前のように、しっかりとした仕事がされた料理をいただける幸せよ。

これからも佳い糧に会うべく、視察、探究、吟味していきたい。

 

 

学会開催時はコロナウィルスによって世の中がこのような状況になるとは想像していなかった。

現在は弱毒化して以前ほどの危険性は無いとは云うものの、スペイン風邪の例もある。全国でまた感染者が急増していることもあり、引き続き気軽に外で飲み食いすることが出来ない状況は続いていくだろう。

だが食べることは生きること、この一大事は変わらない。

本来ならば日々、英気を養いつつ佳い店を探査し、定期的に学会を開催したいところではあるが、致し方ない。

制限された中で、節度を持って励んでいかねばなるまい。

 

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