「あたしゃロックなばあさんになるよ!」とちびまる子じゃなく、でかるる子ち
ゃんは言いました、「ロックなばあさんてどんなばあさん?」「だから~ポップ
でもジャズったばあさんでもなくてー、つ、つまりー愛のための闘争を続ける人
にエールを贈るばあさん!」とでもいおうかな・・・それにしても実写版ちびま
るこちゃんは前作の方がよかったね、子役のかわいさだけに頼っちゃったよね。
(唐津くんち曳山五番山・鯛・魚屋町)
給料の3ヶ月分をおくんち料理につぎ込み、来るもの拒まずで玄関を開け放す
という唐津くんちも終わったそうで、秋のイベントは次々に終了していく、そ
して越冬準備に向かうのだ、溜まった伝票整理もせにゃあ、換気扇もそうじせ
にゃううう人生はロックだぜ。
唐津くんちはいけなかったが、去年は景観調査の仕事で唐津には10数回、足
を運んだ、唐津城は海に向かって建っている、この城内地区の建物の高さや色、
デザインその他もろもろを調査する為に、唐津を歩き回り、メモメモ写真。
飯いっぷく、メモメモ写真な日々を過ごした、だいたい調査というお仕事が
つらいのは、時期を選べないということである、冬の寒いときであろうが、
夏の炎天下であろうが、雨が降ろうが風が吹こうが、槍が飛んでこようが
とにもかくにも山を谷を街を国道をメモとカメラをもって歩く歩く日が暮れには
走るのだ。
(唐津城内地区の路地)
唐津の調査は比較的良い気候に恵まれたが、振り返れば大抵はひどいものだった
長崎の国道沿いの並木の調査は、妊娠中だった気がするが、歩道のない狭い道路
に車がどんどん来る中、雨が降ってきたし、鹿児島の公園の植生調査は旅行気分
で親子3人で行ったものの、旅費節約で1泊で済ませるため、暗くなる寸前まで
やったら・・・大雨の土砂降りにあったし、でもこの時は小学生の娘が結構役に
立ってくれたっけ、お手伝いの見返りはキーホルダー1個程度でよかったしね。
独身時代に海岸調査で真夏の炎天下、しかもひとりでいくつもの海岸を調査した
ことがあったが、これが今の私の人生に大きな影をくれた、設計事務所というと
ころは大抵薄給で24時間営業のコンビニのような事務所が多いが、御多分にも
れず、コンビニエンスな日々、この調査の日も疲れた身体に日射病が襲い掛かり
家に帰り着くまでに何回も駅で途中下車、吐き下しでふらふらで帰り着いて、そ
れから高熱が続き、1週間は何も食べれなかったし、その後1ヶ月たっても本調
子の体には戻らず、徐々に回復したものの、10年15年と時間が過ぎてもその
時の不調が持病に変わり、住み着いてしまっている、ほんま仕事は時期が選べ
へんのよね、人生もタイミング次第っていうことなんだよね。
ああこれもロックなばあさんになる為の修行なのか・・・。
ゃんは言いました、「ロックなばあさんてどんなばあさん?」「だから~ポップ
でもジャズったばあさんでもなくてー、つ、つまりー愛のための闘争を続ける人
にエールを贈るばあさん!」とでもいおうかな・・・それにしても実写版ちびま
るこちゃんは前作の方がよかったね、子役のかわいさだけに頼っちゃったよね。
(唐津くんち曳山五番山・鯛・魚屋町)
給料の3ヶ月分をおくんち料理につぎ込み、来るもの拒まずで玄関を開け放す
という唐津くんちも終わったそうで、秋のイベントは次々に終了していく、そ
して越冬準備に向かうのだ、溜まった伝票整理もせにゃあ、換気扇もそうじせ
にゃううう人生はロックだぜ。
唐津くんちはいけなかったが、去年は景観調査の仕事で唐津には10数回、足
を運んだ、唐津城は海に向かって建っている、この城内地区の建物の高さや色、
デザインその他もろもろを調査する為に、唐津を歩き回り、メモメモ写真。
飯いっぷく、メモメモ写真な日々を過ごした、だいたい調査というお仕事が
つらいのは、時期を選べないということである、冬の寒いときであろうが、
夏の炎天下であろうが、雨が降ろうが風が吹こうが、槍が飛んでこようが
とにもかくにも山を谷を街を国道をメモとカメラをもって歩く歩く日が暮れには
走るのだ。
(唐津城内地区の路地)
唐津の調査は比較的良い気候に恵まれたが、振り返れば大抵はひどいものだった
長崎の国道沿いの並木の調査は、妊娠中だった気がするが、歩道のない狭い道路
に車がどんどん来る中、雨が降ってきたし、鹿児島の公園の植生調査は旅行気分
で親子3人で行ったものの、旅費節約で1泊で済ませるため、暗くなる寸前まで
やったら・・・大雨の土砂降りにあったし、でもこの時は小学生の娘が結構役に
立ってくれたっけ、お手伝いの見返りはキーホルダー1個程度でよかったしね。
独身時代に海岸調査で真夏の炎天下、しかもひとりでいくつもの海岸を調査した
ことがあったが、これが今の私の人生に大きな影をくれた、設計事務所というと
ころは大抵薄給で24時間営業のコンビニのような事務所が多いが、御多分にも
れず、コンビニエンスな日々、この調査の日も疲れた身体に日射病が襲い掛かり
家に帰り着くまでに何回も駅で途中下車、吐き下しでふらふらで帰り着いて、そ
れから高熱が続き、1週間は何も食べれなかったし、その後1ヶ月たっても本調
子の体には戻らず、徐々に回復したものの、10年15年と時間が過ぎてもその
時の不調が持病に変わり、住み着いてしまっている、ほんま仕事は時期が選べ
へんのよね、人生もタイミング次第っていうことなんだよね。
ああこれもロックなばあさんになる為の修行なのか・・・。
しかし、その調査ではY氏に何だかすごくお叱りを受けたのだ。遠い日の思い出だねえ。あそこの団地の木はその後どうなっているのかしら?
写真の鯛ですが、青森ねぶたの飾りにも 金魚ねぶたというのがあって そっくりです。