(日本の家は潔い感じ)
北京では1月30日発売のマイクロソフトの「ウィンドウズ・ビスタ」
(3万1千円)の海賊版が15元(約233円)で売られているってさ
やすっ
しかも発売前から出回っていたって・・・早技だ
そんな偽者
、曲者天国の中国の記事で
もっとびっくりしたのが、雲南省昆明市の富民県で、県の農林局が
森林保護区内にあるはげ山(数年前まで採石の為)のむき出しの岩肌を
即席の環境改善?を図るため数千平方メートルに渡り緑色のペンキを塗り
見た目だけ「緑化」をしていた、7人が45日間かけてペンキを塗り続けた
作業費用47万元(約730万円)地元民は「その費用を植樹に充てれば
山は本当に緑化できたのでは」と嘆いたと言う。
ちょっとありえない究極の浅はか役人たち、山は、土は当然環境悪化である
なにを思ってのことか理解にくるしむような行為だなあ
なんかの前衛芸術のパーホーマンスじゃないんだからさ、それなら山を
緑色の唐草模様の大風呂敷で包む。とかって方がアートっぽいなあ
そういう問題じゃないけども
そんなことよりもっとびっくりしたのが
織田作之助の夫婦善哉の続編が未公開のままお蔵入りしていたのが判明と
鹿児島県薩摩川内町(川内まごころか文学館所蔵)で14日発表された。
しかも続編の舞台は大分県別府だって、「夫婦善哉」の一年後から始まる
柳吉、蝶子が別府に移住して、柳吉の放蕩と蝶子の奮闘が軸なのは同じで
反目していた柳吉の娘が夫婦を結婚式に招待するってハッピーエンドらしい。
同文学館で9月に原稿を公開する予定よ~。
織田作といえば食い意地るるには自由軒のカレーですなあ
(こんなやつ。カレーがまぶされたご飯の上に生たまごさん
)
自由軒は明治43年に、大阪初の西洋料理店としてオープンした
「自由軒のラ、ラ、ライスカレーはご飯にあんじょうま、ま、ま、まむしてあるよって、うまい」
と柳吉が言った
あの名物カレーですがな
家でカレーを食べる時るるは普通にご飯カレーをすくって食べるけど
ぐっちゃぐちゃにカレーとごはんをまぜて、卵を割って食べる人には
きっと気に入るだろうと思うが、味は好みだからね
食べたことのない人は、まあ一度試しに行ってタイムスリップしてみる
ってのもいいかもしれませぬ。
出来れば織田作の通った、なんば本店へね
(所在地)大阪市中央区難波3-1-34ビックカメラ(旧プランタンなんば)向い
でも今夜のるる家の夕食は、カレーじゃなくてハヤシライスの予定です。
今日のうた
はなくて
織田作之助作
るるのおススメ
まぜまぜ文学大阪周遊でお楽しみください
東京にいた頃、私はしきりに法善寺横丁の「めをとぜんざい屋」を想った。道頓堀からの食傷通路と、千日前からの落語席通路の角に当っているところに「めをとぜんざい」と書いた大提灯がぶら下っていて、その横のガラス箱の中に古びたお多福人形がにこにこしながら十燭光の裸の電灯の下でじっと坐っているのである。暖簾をくぐって、碁盤の目の畳に腰掛け、めおとぜんざいを注文すると、平べったいお椀にいれたぜんざいを一人に二杯もって来る。それが夫婦(めおと)になっているのだが、本当は大きな椀に盛って一つだけ持って来るよりも、そうして二杯もって来る方が分量が多く見えるというところをねらった、大阪人の商売上手かも知れないが、明治初年に文楽の三味線引きが本職だけでは生計(くらし)が立たず、ぜんざい屋を経営して「めをとぜんざい屋」と名付けたのがその起原であるときいてみると、何かしらなつかしいものを感ずるのである。
戎橋そごう横の「しる市」もまた大阪の故郷だ。「しる市」は白味噌のねっとりした汁を食べさす小さな店であるが、汁のほかに飯も酒も出さず、ただ汁一点張りに商っているややこしい食物屋である。けれどもこの汁は、どじょう、鯨皮、さわら、あかえ、いか、蛸その他のかやくを注文に応じて中へいれてくれ、そうした魚のみのほかにきまって牛蒡の笹がきがはいっていて、何ともいえず美味いのである。私は味が落ちていないのを喜びながら、この暑さにフーフーうだるのを物ともせず三杯もお代りした。
(大阪発見より)
月並みなことを月並みにいえば、たしかに大阪の町は汚ない。ことに闇市場の汚なさといっては、お話にならない。今更言ってみても仕様がないくらい汚ない。わずかに、中之島界隈や御堂筋にありし日の大阪をしのぶ美しさが残っているだけで、あとはどこもかしこも古雑巾のように汚ない。おまけに、ややこしい。
「ややこしい」という言葉を説明することほどややこしいものはない。複雑、怪奇、微妙、困難、曖昧、――などと、当てはめようとしてもはまらぬくらい、この言葉はややこしいのだ。
「あの銀行はこの頃ややこしい」
「あの二人の仲はややこしい仲や」
「あの道はややこしい」
「玉ノ井テややこしいとこやなア」
「ややこしい芝居や」
みんな意味が違うのだ。そしてその意味を他の言葉で説明する事は出来ないのだ。
しかし敢て説明するならば、すくなくとも私にとって最近の大阪が「ややこしい」のは例えば梅田の闇市場を歩いていても、どこをどう通ればどこへ抜けられるのか、さっぱり見当がつかず、何度行ってもまるで迷宮の中へ放り込まれたような気がするという不安な感じがするという意味である。
(大阪の憂鬱より)
上本町七丁目の停留所から、西へ折れる坂道を登り詰めると、生国魂の表門の鳥居がある。
その鳥居をくぐって、神社まで三町の道の両側は、軒並みに露店が並んでいた。
別製アイスクリーム、イチゴ水、レモン水、冷やし飴、冷やしコーヒ、氷西瓜、ビイドロのおはじき、花火、水中で花の咲く造花、水鉄砲、水で書く万年筆、何でもひっつく万能水糊、猿又の紐通し、日光写真、白髪染め、奥州名物孫太郎虫、迷子札、銭亀、金魚、二十日鼠、豆板、しょうが飴、なめているうちに色の変るマーブル、粘土細工、積木細工、豆電気をつけて走る電気仕掛けの汽車、……どれもこれも寿子の眼と口と耳を惹きつける店ばかりであった。
が、庄之助はどの店の前にも立ち止ろうとせず、寿子の手をひっぱりながら、さっさと人ごみをかきわけて足速に歩くのだった。
途中、左手に北向き八幡宮があった。そこでも今年は、去年のように、金色夜叉やロクタン池の首なし事件の覗きからくりや、ろくろ首、人魚、海女の水中冒険などの見世物小屋が掛っているはずだ。
寿子はそう思って、北向き八幡宮の前まで来ると、境内の方へ外れようとしたが、庄之助はだまって寿子の手をひっぱると、さっさと生国魂神社の石段の方へ連れて行った。
(道なき道より)
谷町九丁目の坂を駈け降りて、千日前の裏通りに出ているお午の夜店へ行くと、お鶴が存外小綺麗な店にちょこんと坐って、ガラス箱の蓋を立てかけた中に前掛けをまいた膝を見せ、赤切れした手で七味を混ぜていた。娘の初枝は白い瀬戸火鉢をかかえて、まばらな人通りを、きょとんと見あげていた。
物も言わずにしょんぼり前に立った。
「おいでやす」
言って見上げて、お鶴は他吉だとすぐ判ったらしく、
「阿呆んだら!」
「御機嫌さん。達者か」
他人にもの言うような口を利くと、もう一度、
「阿呆んだら!」
お鶴は泣いていた。
それが六年振りの夫婦の挨拶であった。初枝は父親の顔を忘れているらしかった。水洟を鼻の下にこちこちに固めて、十一歳よりは下に見えた。
「あんた、なんぜ、手紙くれへんかってん。帰るなら帰ると……」
お鶴の髪の毛は、油気もなくばさばさと乱れて、唐辛子の粉がくっついていた。
唐辛子の刺戟がぷんと鼻に眼に来て、他吉は眼をうるませた。
「出せ言うたカテ、出せるかいな。わいに字が書けんのは、お前かてよう知ってるやろ。亭主に恥かかすな」
他吉はわざと怒ったような声で言い、
「――しかし、大阪は寒いな」
と、初枝のかかえている火鉢の傍へ寄った。
(わが町より)
阪神の香櫨園の駅まで来ると、海岸の方から仮面(めん)のやうに表情を硬張(こはば)らせて歩いて来る修一とぱつたり出会つた。楢雄はぷいと顔をそむけ、丁度駅へ大阪行の電車がはいつて来たのを幸ひ、おい楢雄とあわてて呼び掛けた修一の声をあとに、いきなりその電車に乗つてしまつた。修一は間抜けた顔でぽかんと見送つてゐた。楢雄はそんな兄をますます驚かせるためにも、家出をする必要があると思つた。そして家出した以上、自分はもう思ひ切り堕落するか、野たれ死にするか、二つのうちの一つだと思ひ、少年らしいこの極端な思ひつきにソハソハと揺れてゐるうちに、電車は梅田に着いた。
市電で心斎橋まで行き、アオキ洋服店でジャンパーを買ひ、着てゐた制服と制帽を脱いで預けた。堕落するにも、中学生の制服では面白くないと思つたのだ。茶色のジャンパーに黒ズボン、ズボンに両手を突つ込んで、一かどの不良になつた積りで、戎橋(えびすばし)の上まで来ると、アオキから尾行して来たテンプラらしい大学生の男が、おい、坊つちやん、一寸来てくれと、法善寺の境内へ連れ込んで、俺の見てゐる前で制服制帽を脱いだり、あんまり洒落(しやれ)た真似をするなと、十円とられて、鮮かなヒンブルであつた。簡単に自尊心を傷つけられたが、文句があるならいつでもアオキで待つてゐると立去つたそのテンプラの後姿を見送つてゐるうちに、家出の第一歩にこんな眼に会はされては俺はもうおしまひだ。堕落するにも野たれ死にするにもまづあの男を撲(なぐ)つてからだと、キツとした眼になつた。法善寺を抜けると、坂町の角のひやし飴屋(あめや)でひやし飴をラッパ飲みし、それでもまだ乾きが収らぬので、松林寺の前の共同便所の横で胸スカシを飲んだが、こんなチヤチなものを飲んでゐるからだめなのだと、千日前の停留所前のビヤホールにはいつた。大ジョッキとフライビンズを註文し、息の根の停りさうな苦しさを我慢しながら、三分の一ばかり飲んで、ゲエーとおくびを出して、フーフー赧(あか)い顔で唸(うな)つてゐると、いきなり耳を引つ張られた。振り向いて、あツドラ猫だ。宮城といふ受持の教師だつたが、咄嗟(とつさ)にその名は想ひ出せず、思はず、綽名(あだな)を口走つた。ドラ猫もまたそのビヤホールで一杯やつてゐたらしく、顔を真赤にして、息が酒くさかつた。耳を引つ張られたまま表へ連れ出されて、生徒の分際でこんな場所へ出入する奴があるかと、撲られた。すかさず、教師の分際でこんな場所へ出入する奴があるかと言ひ返してやれば面白いと思つたが、あゝこれで家出も失敗に終つたのかといふ情けない気持が先立つて、口も利けなかつた。
(六白金星より)
お疲れ様