画家maruuの 心を磨く 絵を描く生活

50代主婦の絵を描く生活。
心穏やかにに生きるために、日々の思いを綴ってます。 maruからmaruuに改名しました。

福岡市美術館「朝鮮王朝の絵画」と雪舟/自由に描こう!!

2023-09-21 08:30:00 | 絵について
福岡市美術館「朝鮮王朝の絵画」へ。

以前から朝鮮時代の絵画に興味があったので
原画を観れてとてもうれしかった。

全部で44点、想像以上の迫力画力だった。
山水画や画人物画は生きている実感に溢れてた。
花鳥図は生き物への優しい眼差しを感じる表現、
こんなふうに描きたい!!
と思える、線や色線だった。
描かれた当時はどれだけ迫力があったのか!?

線、色が生々しく感じた。
生きている。
何故かを考えた。
「自由に描いていたのでは?」

中国の絵画を真似ているけれど、
形にはまり過ぎず、
ワクワクしながら描いている。

ワクワクする。
そこを学びたいと思った。

絵は、相手に伝えるために、
ある程度、記号化、言語化のような、
型、が必要だ。
でも、形にはまり過ぎると、
感動ではなく、理解になってしまう。

感動を伝える、自由さを大切にしたい。

企画展の後に、
常設展の松永コレクションへ。
写真撮影が許可されていたけれど、
ブログにアップするのは良くないので、
感想は文章だけで↓

雪舟の絵は5百年後でも、
墨の線と色が生き生きとしていた。
墨、の表現の幅の広さ。
雪舟はやはり素晴らしい。

伝・牧谿の作品は何回か観ているが、いつも見入ってしまう。
牧谿の作品は繊細な線なのに、
引き込まれる何か、迫力がある。
無駄のない、キッチリとした線を私も描けるようになりたい。

伝・梁楷の作品は墨の色と線がたまらなかった。
墨は、浸透することで立体的な表現になる。


↑先日描いた、雪舟の模写。

分かってはいても、
墨は簡単に言うことを聞いてくれない。
もっともっと描かないと。

最近はひたすら模写をしている。
雪舟、若冲、鶴亭、北斎。
そして、水墨画の教本を何冊も読みながら、
描き続けている。

もっと、自由に、感動して伝えるために。

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模写の世界/北斎を感じる

2023-09-16 12:49:00 | 絵について

北斎の模写をしていると、
筆を通じて
北斎の本気が伝わって来る。
そして、自分の力不足も痛感する。

気を入れて描くので、
とても疲れる。

北斎も鍬形蕙斎(くわがたけいさい)の模写をして、
この絵を描いている。

模写し、感じながら、
自分の表現を模索する。


描いていて、とても楽しい。
楽しく描けるまで、12年かかった。

12年前、北斎の絵を前にして、
強く思ったことがある。


12年前、福岡市博物館で開催された
「大北斎展」

生き生きとした線。
動きのある表現。

北斎みたいに描きたい!

あの日、
「北斎みたいに長生きしたい」
そう願うことができた。

体調があまり良くない時だったので、
まず、体力づくりから。

指導を受けながら、
歩いて、歩いた。
最初は歩くだけで疲れて描くことはあまりできなかったけれど、
少しずつ筋力がついて体が楽になっていった。

体力づくりと並行して始めたのが、
書道。
北斎だけではなく、若冲、雪舟を
模写をすると、
自分が筆と墨をあつかえていない事に気が付く。
まだまだ過ぎる。

墨の怖いところは、
サラッと描いたら、それ風になること。
観る人が観たら、
その軽さが不快なものになる。
書道を学んでそのことも痛感した。
今も恥ずかしさを学び続けている。

書道を学んで9年。
体力もできて、最近やっと時間もできて、
とにかく描いてる。

墨も、水彩も、アクリルも、
今までの集大成として、描きながら、
どう描くか?
どう生きていくかを自分に問い続けている。


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50年後の絵日記/深くて重い、今がある

2023-09-11 12:24:00 | 絵について
 「蛸がバイバイしてたね」

90歳をを超えた母が私に語りかける。
「覚えているよ」
そう応えると、とてもとてもうれしそう。
何度も何度も、その話を繰り返した。

50年前、4歳ぐらいの思い出。

父が釣りが好きで、子供の頃、
夏休みの旅行は海の近くの旅館に、
数日間泊まって過ごしていた。

早朝の海、まだ、光の弱い世界、
海は透明で、深く深く、透き通っていた。

大きな蛸が現れ、悠々と、大きな動きで、
沖へ、沖へと泳いで行った。

一瞬、動きを、止めて、
こちらを見たような気がした。
そして、手を振るような動きをした。

 「蛸が バイバイ してるね」
50年前も、今も、
母はこのセリフを繰り返す。

美しい思い出を共有できる幸せを、
50年前より強く感じる。

とてもとても有難い。
思いが続き、経験を重ね、
深くて重い、今がある。

母の誕生日にこの絵を贈った。
「一番の宝物だ」
私の絵を今までで一番褒めてくれた。
そして、これ以上なくよろこんでくれた。
母の思いが有難い。

実はこの時、
私にはとてもとても気になっていることがあった。
父が蛸を釣ろうとしていることだった。

「止めて!!」
と思っていた。

蛸はお風呂に入り過ぎた人。
この時、私はそう思っていた。

だから、バイバイする蛸は、
蛸になったばかりの人。

人、だと思っていたので、
釣らないで!!
と思っていた。
「ゆで蛸になるわよ」
お風呂に入り過ぎないように、
度々、母は私に忠告していた。
それを、

お風呂に入りすぎて、
赤くなると、蛸になって、
排水溝から、流れ出てしまう。

そう勝手に本気で思い込み、
いつも、排水溝が怖かった。
(今でも、少し、怖い)

あの頃は現実と、夢想の世界が曖昧で、
全てのチューリップの花の中には、
親指姫がいると思い、
隠れては、覗き、を繰り返し、
どうにかして親指姫を見ようとしていた。
本気だった。

あの頃の本気が懐かしい。
50年過ぎて思う。

思うことは自由だ。
自由に思って、描いて行こう。

50年前の私が、
心を自由にしてくれる。

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まだまだこれからだ!!/40年ぶりのニコライ堂

2023-09-02 17:44:00 | 絵について
水彩で今のニコライ堂を描いた。
残したいもの、残せないもの。



40年ぶりのニコライ堂は青空を映すビルの中に。
変わったもの、変わらないもの。

感じる事の多かった東京滞在。




40年前に描いたニコライ堂の絵はまだ実家に飾ってあった。
(アルバイト代で絵の具を買っていたので、色数が少ない)

絵を描き続けてこれた事、
全てのもの、人に街に、出来事に
ただただ感謝。

あと何年描けるだろうか、
今が、折り返し地点だと願う。

まだまだこれからだ!
今、ここからだ!!
強く強く、そう思う。

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