音信

小池純代の手帖から

日々の微々 230707

2023-07-07 | 歌帖
  230707


    白玉研究五首
 
 白玉かなんぞと問へばささの葉にふるへてこもるみづのみなぎり


 しらたまのゆらにもゆらにたまゆらのつゆをつらねて緒絶ゆるまで
                                   いと

 うつりあひうつしあひつつつゆは果つあなたはわたしわたしはあなた


 あまのがはsphereひしめきさやげどもしらしらあけのそらにしづみぬ


 白玉は貝殻骨に包まれてほのぼの灯る李賀の心臓







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日々の微々 230705

2023-07-05 | 歌帖
  230705


    秋初月五首
 
 死から死へうつろふまでの仮枕草の葉ずゑを離るるあさつゆ
                            か

 わたくしは死者かも知れぬ逝きてなほ生ける彼らの目の片隅に


 花の色をうつしをりしがたまゆらのつゆおちながらいろをうしなふ


 此処がいいうなづきあつてうすれゆく音なき風と色なき夜露


 秋初月つゆと連れ立つひとすぢの風のゆくへをひと問ふなかれ
 あきはづき







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雑談55

2023-06-16 | 雑談

  日月光空水 風塵無所妨 
  是非同説法 人我倶消亡
  定慧澄心海 無縁毎湯々
 
            (空海「遊山慕仙詩」部分『性霊集』巻一)


  <翻歌>

 日のひかり月のひかりに照らさるる空なる水も水なる空も


 ゆきさきを知らずに塵は風に乗るいかな思ひも重くはあらね


 ひともとのreedをこれをアシといふヨシといふそのよしあしは無し


 君は雪にわたしは雨になつて扨てさんざん降つて消えてなくなる
              扨:さ

 吠瑠璃のうなばらならば澄みわたれうたびとならば千年生きよ
 吠瑠璃:べいるり

 なきことのゆたけさことにえにしなきことのゆたけさ日は海を浴む

   †

6月15日は遍照金剛空海の誕生日。
昨年はダイアモンドの切手の画像をお贈りした。(雑談43)
今年はダイアモンドの一節を。
いつもネットからの拾いもので恐縮です。

   ◇◇◇

 仙女   (仙女は、その小さな緑色の帽子をチルチルの頭にかぶせました)
      さあ、ダイアモンドを廻してごらん、一度廻して、それからね。……

    チルチルがダイアモンドを廻すが早いか、そこらのものが、みんな
    びつくりする程、見る間に変つてしまひました。

 チルチル (遉にびつくりして、「時間」たちの方を指さして)
      この可愛らしい女の人たちは誰です。
 仙女   恐がることはないよ。あれがお前の一生の「時間」さ。

         (モオリス・マアテルリンク作「青い鳥」 菊池寛訳)





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日々の微々 230612

2023-06-12 | 歌帖
  230612

    梅の実三首
 
 梅の実がまろびにまろぶ坂道をまどひてあゆむ水無月なかば

 雨なのにおちるだなんて梅の実がものも言はずにおちるだなんて
 
 花の頃散る花まろく雨の頃落つる実まろし梅とふ大悲 
 
    諾々三首

 老境は次の歌境へつながると信じて行かな桃源郷まで

 あたらしく漢方薬の名を知るは世界と和解せる心持ち

 人生のいま諾々の下り坂山頂はただそれきりの霧 






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日々の微々 230603

2023-06-03 | 歌帖
  230603

    水無月のおもひつき

 ただごともただごとならぬことどももまとめて流す思ひつき歌

 御大の詠ひ得ざりしことひとつ先立たれたるもののかなしみ

    漢方三首

 再三の病禍の波をやりすごす今日の漢方補中益気湯
                   ホチウヱキキタウ

 
 知命はや過ぎしがなぜに五十肩憂き名ぞ独活葛根湯
                   ドククヮツカッコンタウ

 
 花どきにまた会ひませうさやうなら小青龍湯小さな龍尾
                 セウセイリュウタウ








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雑談54

2023-05-03 | 雑談
耳菜草(ミミナグサ)といえば蒼耳。蒼耳といえばこんな逸話。

  ある日、李白は道を失して、蒼耳の中に落ちた。蒼耳は、
  ミミナグサである。採つて題とする。
            (玉城徹『蒼耳』「巻末記」より)



ミミナグサの葉群のなかだろうか。
それともオナモミの実のなかだろうか。
いずれにしても李白らしくてすばらしい。

歌集の中をさがしたけれど蒼耳の歌はみつからず。
こんな歌があった。「モナド」の一連から二首引く。

  くだものの梨のしら玉とあかき玉と影さし交し夜ぞふけにける
                     *交:かは 

  一ふさの甲州葡萄あはあはと翳を盛りたり硝子器の中


色のある影のようなくだもの。こういう何も言っていない
歌の味わいは上善の水。

「静物」の連から一首引く。

  恋ひ恋ひてつひに見に来つ汁重くうちに湛ふるシャルダンの桃


絵に寄せる恋。画中の桃が生々しい。







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雑談53

2023-04-28 | 雑談

吉川幸次郎『他山石語』で見つけた
「巻耳」(『詩経』「周南」)の訳詩。
 
  つんでもつんでも
  かご一ぱいにならないおばこ
  はるかなる人をおもいやりつつ
  そっと道のべにおく草かご


ここで「おばこ」と呼ばれている「巻耳」は
ハコベの類。別名、耳菜草とか猫の耳とかネズミの耳とか。
耳に似た形状の草。実はオナモミ。マジックテープのように
衣服にくっつく例のあれ。

いくら摘んでもいっぱいにならない籠と、
歩いても歩いても行き着かないところにいる人への思い。
その人のいる場所につながるであろう道に置く籠。

心理的な空漠、物理的な大景を引き結ぶ小さな草の籠。
「も・こ・ご」の脚韻。全体、音韻のきれいな一篇。

添えられている読み下し文は、

  巻耳を采り采る
  傾筐に盈たず
  ああ我れ人を憶いて
  かの周行におく


こちらも軽やかな脚韻のステップ。なお、原詩は、

  采采巻耳
  不盈傾筐
  嗟我懐人
  寘彼周行


韻は「筐」「行」。

「傾筐」は塵取りみたいな形で、摘んだ草で
すぐにいっぱいになるぐらい。
そんな容れ物なのにいっぱいにならないとは。
思いの草で心はすでにいっぱいなのだ。









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雑談52

2023-03-26 | 雑談
玉城徹『近世歌人の思想』は定価九〇〇〇円。
買うときは勇気が要ったが、長年何度も立ち返って
数々の隘路から抜け出したり、また迷い込んだり。
じゅうぶん元はとれたと思う。

十回開けば九〇〇円、
百回開けば九〇円。
買っておいてよかった。今回はこんな詩に目が
とまった。

     うま酒の歌   賀茂真淵

  うまらに をやらふるかねや
  ひとつきふたつき
  ゑらゑらに たなそこうちあぐるかねや
  みつきよつき
  ことなほし こころなほしもよ
  いつつきむつき
  あまたらし くにたらすもよ
  ななつきやつき



出だしの「うまらにをやらふるかねや」が古すぎる
古語でつまずきそうになるが、古語辞典でなんとか
立ち直って読んでゆくと声のいい民謡歌手が朗々と
歌っているような明るさ。詩で歌で詞で唄なのだ。

国会図書館のデジタルコレクション『賀茂真淵集』
(昭和四年)の「美酒の歌」では分かち書きではなく、
読点を打っている。さらに漢字でルビが振ってある。
その漢字を新字で拾ってみる。

  美飲喫哉 
  一杯二杯 
  楽悦掌底拍挙
  三杯四杯 
  言直心直 
  五杯六杯 
  天足国足
  七杯八杯

だいたい次のような内容。難しい話ではない。

 おいしくいただいてます。
  一杯二杯。
 たのしくてうれしくて諸手を挙げて叩いてしまう。
  三杯四杯。
 ことばもまっすぐ、心もまっすぐ。
  五杯六杯。
 天も満足、国も満足。
  七杯八杯。


どんないいことがあったのだろう。







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日々の微々 230228

2023-02-28 | 歌帖
  230228


    或る日の二月


 〈いまここ〉が〈どこにもない〉へすみやかにうつりうつろふきさらぎの月


 此処にありしあれは雪とも灯りともあかるくつめたき如月の頃


 如月のかをり良かりき二日三日足らぬ暦の余白のかをり







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日々の微々 230219

2023-02-19 | 歌帖
  230219


    或る晩の白


 白き影が通り過ぎたりわがうちのあるかなきかのきれいな路を


 雪落ちて水に氷に或るはまたゆるりとぬるい泥にくつろぐ


 髪白くなるはなかなかよいものよ鶴にならうか鴎にならうか








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日々の微々 230212

2023-02-12 | 歌帖
  230212


    或る夜の梅


 きさらぎのこごゆる闇のひびわれのひびより出づるしら梅の花


 梅の花いづこにつづくきのふからけふへと架かるゆめのうきはし


 春の夜のゆめのうたかたしらうめの闇にうもれてかをるつかのま







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日々の微々 230210

2023-02-10 | 歌帖
  230210


    或る日の春


 その鳥の名前は知らず春の日の囀り聞けりそのさへづりを


 如月の玉菜空豆箸先のみどりさみどりきさらぎぞ良き


 泣くほどにいよよちからは湧くものを凍れる雨の梅のくれなゐ









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雑談51

2023-01-30 | 雑談
風巻景次郞『中世の文学伝統』を見ていたら、こんな
表記に出くわした。

  風をだに   恋ふるはともし、
  風をだに   来むとし待たば、
         なにかなげかむ。(鏡王女)


これは短歌、これで短歌。
といっても、歌謡の時代をひきずった初々しい
「うた・和歌」の色濃い時期のもの。

「なんてモダンな」と思ったのだが、
万葉集でも早い時代の歌なのだった。

 ♪風をだに   ♪風をだに
   恋ふるはともし 来むとし待たばなにかなげかむ


極端なことを言えば「風をだに」がなくても、言いたいことは
残りの七七七だけでもわかる。
「風をだに」五音の繰り返しを、合いの手とかバックコーラス
(ほぼ無意味な♪わわわわ~的な)とか考えたら
この一首は小さな合唱曲なのではなかろうか。

今風の言い方にうつしてみると、

 風をさへ焦がるる心うらやまし
 風を待ちおとづれを待ち
  なにをかなげく

あまり変化なし。数百年ぐらいは動いたかも。

  †

万葉集では、この歌の前に額田王の一首があって、

 君待つとわが恋ひをればわが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く
                      額田王

 風をだに恋ふるはともし風をだに来むとし待たばなにかなげかむ
                      鏡王女


二首セットで二回(四巻「相聞」、八巻「秋相聞」)登場する。
まつわるエピソードは考えないことにして読んでみると、
前者が「語り」、後者が「歌謡」担当のコントのようでもある。
ぼやいているのか、誇っているのか、
励ましているのか、皮肉っているのか、
恋心の各自の形態を競い合っているのか、よくはわからない。

なにぶん、すごく昔のことなので。






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日々の微々 230119 

2023-01-19 | 歌帖
  230119


    何ぞ何ぞスフィンクス


 朝は四、昼は二、夜は三、やがてしづけく去ぬる一としてヒト
   よん    に     さん           い   いち
 
 一日のひかりの量を分け合つて倶に老いゆくひるよる姉妹


 昼影にちからを預けはかなくもかるく長生き朝影夕影








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日々の微々 230112

2023-01-12 | 歌帖
  230112


   言はでものやうにみえるがそこはそれ
   目盛り代はりの下句七七

          しもく
         
 てのひらに風花といふ雪の影ほんのわづかのことなりしかど

 むなそこのゆるる笹舟ささの波ほんにかそけきことなりしかど

 あしもとにうすむらさきの宵の闇はつかに見えしことなりしかど









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