音信

小池純代の手帖から

日々の微々 231122

2023-11-22 | 歌帖
  231122



  ・大寒三首・

     款冬華*ふきのはなさく

  うす雪の衣さむざむとフキノトウ疾く摘まれませほろにがの皇子
       衣:きぬ         疾:と           皇子:みこ



     水沢腹堅*さはみづこほりつめる

  とどろきのとどまりがたき沢の水凝れば永久と見紛ふばかり
                    凝:こご  永久:とは



     鶏始乳*にはとりはじめてとやにつく

  鳥屋へ鳥屋へかつてわたしが棄てた鳥屋それはわたしを棄て去つた鳥屋
   鳥屋:とや









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日々の微々 231119

2023-11-19 | 歌帖
  231119



  ・小寒三首・

     芹乃栄*せりすなはちさかふ

  しんそこにつめたき水の束の群れうすらひの束沢芹の束


     水泉動*しみづあたたかをふくむ

  ややややにやうやく動く水のふちあたたかなものもしやいきもの


     雉始雊*きじはじめてなく

  またえらく派手なしだり尾雄の雉子恋に啼き死ぬはじめの一羽
                 雄:を 雉子:きぎす
    


                       






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日々の微々 231107

2023-11-07 | 歌帖
  231107


二十四節気から気随気儘に名前を借りて

  *小雪*に寄す

  なつかしい家でわたしの死がねむるさめやらぬゆめふりやまぬゆき


  たちのぼるけむりゆるゆる流文字雪より小さき王国の文字
                 流文字:ながれもじ
 

  香煙は霊のたべものとふ伝のどこからほんとどこまでほんと
   香煙:かうえん      伝:でん
    


                       






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日々の微々 231104

2023-11-04 | 歌帖
  231104



  ・冬至三首・

     乃東生*なつかれくさしやうず

  夏に枯れ冬に生まるる靫草たくらみ巧きつはものの裔


     麋角解*おほしかのつのおつる

  まぼろしのおほしかの角まぼろしのゆきはらにつと刺さりうづもる


     雪下出麦*ゆきわたりてむぎいづる

  雪のはらなにを匿ふ雪のはら麦のほさきの青を匿ふ



                       






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日々の微々 231019

2023-10-19 | 歌帖
  231019


  ・大雪三首・

     閉塞成冬*そらさむくふゆとなる

  いちめんのそら張りつめて裂けにけり散りにけり降りにけり粒雪


     熊蟄穴*くまあなにこもる

  冬の夜の闇とろとろの神となり神まるまるの熊として眠る


     鱖魚群*さけのうをむらがる

  水上へなにたのしくてのぼる魚おまへもおまへも神のたべもの
   水上:みなかみ
    


                       






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雑談57

2023-10-14 | 雑談



・近詠一首・

 目に胸に沁みこんでくる大春車菊をこぼさず還す天体宇宙のなかへ
              大春車菊:コスモス    天体宇宙:コスモス



 †††


 『香貫』本体とカバー

玉城徹『香貫』の終盤に、

 幾夜さの夢の断片にかざられてわれ在り古き櫃のごとくに
        断片:ちぎれ           櫃:ひつ


の一首あり。「あとがき」に次の一齣(ひとくさり)あり。

雑誌掲載時「断片」にルビはなかったそうだ。
で、美学者の佐々木健一氏が作者に読みを問うた。
作者は「ダンペン」と答えた。
それでは音が強すぎないかと佐々木氏は「かけら」を提案した。
「かけら」ではいささか軽いと作者は考え、歌集に収める際に
「ちぎれ」とルビを振ったのだという。

このやりとりは『短歌朝日』(1999年10・11月号)の対談
「二十世紀短歌の定型(一)」に詳しい。
茂吉の「いまだうつくしき虹の断片」の「断片」に
触れたりもしている。

「あとがき」では「ちぎれ」は「まだ試案の域を出ない」、
「はたしていかがであろう。」と読者にボールを投げている。
推敲半ばということなのか。

なにしろ夢の感触なのだから作者にしか分かるまい。
しかしお尋ねなのでお応えする。

初案どおり「だんぺん」と振ればいいのではないかと思うが、
別案として「きれはし」「はぎれ」、ちょっと思い切って
「ぶぶん」などいかがであろうか。「ちぎれ」になった段階で
ルビの可動領域が相当広くなったと思うので。









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日々の微々 231009

2023-10-09 | 歌帖
  231009


  ・小雪三首・

     虹蔵不見*にじかくれてみえず

  光濃く色あざらけき冬の虹つかのま見ゆる天の臓器
                         天:そら 臓器:オルガン



     朔風払葉*きたかぜこのはをはらふ

  風が来てなにも盗らずに去つてつた空の卓布のはためきは無垢


     橘始黄*たちばなはじめてきばむ

  星を捥ぐ代はりにわたしは橘を大層きつい宇宙の香りを
                         宇宙:そら




                        






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日々の微々 231004

2023-10-04 | 歌帖
  231004


  ・立冬三首・

     山茶始開*つばきはじめてひらく

  まんまるの椿のつぼみはつかなる身ぶるひひとつしてのち弛ぶ


     地始凍*ちはじめてこほる

  凍土をみしみしと踏むさくさくと歩くさみしくつよく啼く土
   凍土:いてつち



     金盞香*きんせんかうばし

  夜のいろ冬空のいろくらい部屋ひとりでしんとしてゐた水仙

 
                        






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雑談56

2023-09-19 | 雑談

九月十九日は糸瓜忌。

『子規 活動する精神』(玉城徹 2002年刊)にしばしば
登場する「別に一体」の周辺を掘ったり拾ったりしていた。



「別に一体」は子規が虚子に宛てた手紙のなかの一言。

──若シ永久のものを求めなバ別に一体を創するにあり。
            (1891年12月2日 高濱清(虚子)宛。書簡)


詩歌に於いて永久のものを求めるのなら「別に一体を」、ということ。

「そうではない何か」なのか「なにか別のもの」なのか、
窓は二箇所開けないと風が通らないのに通じることなのか、
未知への希求なのか祖型への遡及なのか。
ともかく別の一体が永久のものへの手がかりになるようだ。

著者は次のようにも考える。

──「別に一体」という欲求は、その後も、ほとんど固定観念のように、
  日本の詩歌作者の心に生れかわり、死にかわって、しかも、解決の
  道がつかないのである。 


語義を突き詰めてまとめて約めて壜に入れてラベルを貼って棚に並べると
別物になってしまいそうなのでここでとどめておく。

ただ『玉城徹訳詩集』の訳の在り方に「別に一体」に近い気配を感じるので、
ちょっと引用。



 江南野水碧於天
 中有狎鴎閑似我
          黄庭堅「演雅」部分


詩の末尾にあたる箇所はこのように訳されている。

  さて、この俺は、青空の下 水の上、
  のんびりと羽のして飛ぶ一羽の鴎。


杜甫の「飄飄何の似る所ぞ 天地一沙鴎」を連想する。
牧水の「白鳥はかなしからずや」も連想される。

著者による(注)は、も少し踏み込んでいる。

──悠々と江南の野と水の上を飛ぶ鴎を出して、詩人たる自分の在り方
  を示したのである。


とあり、さらに、

──こういう詩があるということを知っておくのも、わたしたちが短歌
  を作ってゆく上に、非常に役立つのである。


と、とてもありがたいことを説いておられる。








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日々の微々 230907

2023-09-07 | 歌帖
  230907


  ・霜降三首・

     霜始降*しもはじめてふる

  つゆじもよ案じ召さるなしろかねの風になりませ水になりませ


    霎時施*しぐれときどきほどこす

  つれなさの差のいささかをきそひあふ行きのしぐれと帰りのしぐれ


    楓蔦黄*もみぢつたきなり

  秋果てて木々は火のいろ老い人は消ぬがに燃ゆる火影の火色
                            火影:ほかげ 火色:ほいろ
 
                        






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日々の微々 230904

2023-09-04 | 歌帖
  230904


  ・寒露三首・

     鴻雁来*がんきたる

  かりがねがそら渡るよの秋の戸のかけがねはづす音のつぎつぎ


    菊花開*きくのはなひらく

  後鳥羽院の日々のよすがよ平鉢に菊のかたちの菓子ひしめきつ


    蟋蟀在戸*きりぎりすとにあり

  こころなき身にこそ添はめきりぎりすいづれの夜より添ふきりぎりす








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日々の微々 230831

2023-08-31 | 歌帖
  230831


  ・秋分三首・

     雷乃収声*かみなりすなはちこゑををさむ

  ものがたり終はらぬうちに雲が去るくちにいかづち含んだままの


    蟄虫坏戸*すごもりのむしとをとざす

  ああこんないい風の夜戸を鎖して暗いところでしづかに暮らそ
                 鎖:さ



    水始涸*みづはじめてかれる

  水抜いてさてさて刈らむ稲穂波田毎の月の鎌ぞさえざえ








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日々の微々 230826

2023-08-26 | 歌帖
  230826


  ・白露三首・

 
    草露白*くさのつゆしろし

  草の葉をころがる露のかがやきのなんともひかりとも濁りとも


    鶺鴒鳴*せきれいなく

  おいそこの若いのそこの小綺麗な若いのセキレイみたいな若いの


    玄鳥去*つばめさる

  去り際になにかを告げてゐたやうなふりして棄ててゐたのか鳥影
                                  鳥影:とりかげ










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日々の微々 230823

2023-08-26 | 歌帖
  230823


  ・処暑三首・

 
    綿柎開*わたのはなしべひらく

  うづくまりうづくまりしてまもり来し思ひの果てをなほなほつつむ


    天地始粛*てんちはじめてさむし

  焦がれこがれ逃れのがれてあめつちの間をしづけく雨はしづくす
                      間:あひ



    禾乃登*こくものすなはちみのる

  萌ゆるかのはた崩ゆるかの虚空にあふるる雲の量をこそ見め
   萌:も     崩:く   虚空:おほぞら    量:かさ









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日々の微々 230820

2023-08-20 | 歌帖
  230820


  ・立秋三首・
 

    涼風至*すずかぜいたる

 うすぎぬのそでながの人佇つごとき玻璃戸に細く風を聞きをり


    寒蝉鳴*ひぐらしなく

 かなしくて啼くのではなく生真面目にかなしい曲を奏でる仕掛け


    蒙霧升降*ふかききりまとふ

 ここからは秋のつめたい水の粒ランドマークに霧立ちのぼる







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