音信

小池純代の手帖から

雑談35

2022-04-10 | 雑談
    知られぬ海  
          ジュール・シュペルヴィエル

  誰も見ていない時
  海はもう海でなく
  誰も見ていない時の
  僕等と同じものになる。
  別な魚が住み、
  別な波が立つ。
  それは海のための海
  今僕がしているように
  夢みる人の海になる
           (堀口大學訳)

    

三島由紀夫「小説家の休暇」(七月二十九日)からの孫引き。
この詩を捜していたのではなく、次の一節を読みたくて
ページを繰っていたのだった。

 ──彼女は一つの世界の死の中に生き、その世界の死だけを信じた。
   この風景画には人物が欠けている。彼女は裸かの自然と彼女
   自身とのあいだに、何か人間的なものの翳がさすのを、妬
   んでいたように思われる。──


「七月十七日」の記述より。「彼女」というのは永福門院のこと。
「私の好きな永福門院の歌」として挙げている十三首から一首。

  山もとの鳥の声より明けそめて花もむらむら色ぞみえ行く

永福門院の歌は、塚本邦雄『清唱千首』で十二首、
折口信夫「女流短歌史」で十首あつかっていて、この歌は
三島、塚本、折口の全員(といっても三人)が選んでいる。

表記は『清唱千首』に準じたものの漢字は新字でルビは省略。

◆永福門院の歌で架空歌会

      【三島・塚本・折口 選】

  山もとの鳥のこゑごゑ明けそめて花もむらむら色ぞ見えゆく


      【塚本・折口 選】

  入相の声する山の陰暮れて花の木の間に月出でにけり

  木々のこころ花ちかからし昨日今日世はうす曇り春雨の降る

  月影は森の梢にかたぶきて薄雪白しありあけの庭


      【三島・塚本 選】

  ほととぎす声も高嶺の横雲に鳴きすてて行くあけぼのの空






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