音信

小池純代の手帖から

日々の微々 240929

2024-09-29 | 詩歌帖

崔融『唐朝新定詩格』「十体」のうち
〔形似体〕例詩(青字)
及びその異訳7775仕立て(黒字)


  風花無定影 露竹有余清

 影もかたちも行方も知らぬ
 あなたまかせの風と花

 あれはしらたまそれともなにか
 あはれたまゆら笹の露

      *

  映浦樹疑浮 入雲峰似滅

 影とひかりのどちらがほんと
 水にうつろふ木のかたち

 雲にしづしづ沈んだ峰は
 しんでしまつたことにする
 




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日々の微々 240916

2024-09-16 | 詩歌帖


・・・・・・・・・・・・
崔融『唐朝新定詩格』より
「十体」例詩メニュー表
・・・・・・・・・・・・

〔形似体〕

 風花無定影 露竹有余清
      *
 映浦樹疑浮 入雲峰似滅

〔質気体〕

 霧烽黯無色 霜旗凍不翻
 雪覆白登道 冰塞黄河源

〔情理体〕

 遊禽暮知返 行人獨未帰
      *
 四隣不相識 自然成掩扉

〔直置体〕

 馬銜苜蓿葉 剣瑩鴨鵜膏
      *
 隠隠山分地 滄滄海接天

〔彫藻体〕

 岸緑開河柳 池紅照海榴
      *
 華志怯馳年 脂顔惨馬節

〔映帯体〕

 露花疑濯錦 泉月似沈珠
      *
 侵雲蹀征騎 帯月倚彫弓
      *
 舒桃臨遠騎 垂柳映連榮

〔飛動体〕

 流波将月去 湖水帯星来
      *
 月光随浪動 山陰逐波流

〔婉轉体〕

 歌前日照梁 舞処塵生襪
      *
 泛色松煙畢 凝華菊露滋

〔清切体〕

 寒葭凝露色 落葉動秋声
      *
 猿声出峡断 月彩落江寒

〔菁華体〕

 青田未矯翰 丹穴欲乗風
      *
 曲沼疎秋蓋 長林巻夏帳





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雑談61

2024-09-05 | 雑談

初唐の詩人、崔融の「唐朝新体詩格」に「十体」論がある。
「文鏡秘府論」に引用されていて現在のわたしどもでも
見ることができる。

「文鏡秘府論」に詰め込まれた数々の詩論は
空海が留学先の唐の国から持ち帰った大量のお土産の
うちのひとつ。

むかしむかしの遠い国と聞けば心躍り、
みやげものを示されれば眼輝く。しかも「序」で空海は、

 千里の彼方まで教えを求めずとも、珠玉の作品をものすことができ、
 あれこれと手引きを探す苦労をせずとも、みごとな創作を期待できる
 よう願う次第である。 (「文鏡秘府論 序」より)


と効能まで書いておられる。なんて親切な志だろう。
崔融による「十体」の分類は、

 形似体 質気体 情理体 直置体 彫藻体
 映帯体 飛動体 婉轉体 清切体 菁華体

          (體→体 ほか正字は新字で表記)

それぞれどのようなものなのか説明があり、
事例の詩句が付されている。
その例句をお題代わりに、和語訳、歌語訳、翻歌などで
遊んでみたい。


参考本:
  『弘法大師空海全集』第五巻 訳注・解説 興膳宏
  『文鏡秘府論考』研究編 著 小西甚一




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日々の微々 240812

2024-08-12 | 歌帖

    初冬偶成       一九九八年作

  皓月空庭百草萎
  荒籬揺落葉埋池
  寒窓凭几孤灯下
  忘刻営営写古詩

    皓月の空庭百草萎え
    荒籬揺落して葉池を埋む
    寒窓几に凭るる孤灯の下
    刻を忘れ営営として古詩を写す


        §


     冬のはじめのおもひつき

  月白く庭はむなしく一斉に一切の草しなだれ萎ゆ

                 一切:いつさい   萎:しな


  葉時計といふものあらばこのやうに落ち葉にうもれてゆく池の虚

                                   虚:うろ


  ともしびはひとりにひとつ然は言へどひとつひとつに影の伴侶

                 然:さ              伴侶:ともづれ


  いまはいつ否いまはいまあたらしき墨もて写す古詩の一篇








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日々の微々 240809

2024-08-09 | 歌帖

     初夏       一九九八年作

  雨後逐時新緑肥
  薫風習習暑威微
  林亭一榻閑無事
  隣屋蕭然人未帰

    雨後逐時新緑肥え
    薫風習習として暑威微かなり
    林亭の一榻閑にして事無し
    隣屋蕭然として人未だ帰らず


        §


     夏のはじまり

  この森はいきづくごとにふとりゆくみどりご朝の雨をふふみて


  かぐはしき風にまぎれて木木を打つ暑さ微力の力ならなくに


  なんといふことのなけれど一脚の椅子さらされて夏待つとなく


  うつむくといふは人待つ仕草にて夏の館のむね翳るかな








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日々の微々 240804

2024-08-04 | 歌帖

     初秋吟       一九九八年作

  天河淡淡入新秋
  眉月繊繊木末流
  梧葉飄来知節序
  西風瑟瑟夜窓幽

    天河淡淡として新秋に入り
    眉月繊繊として木末に流る
    梧葉飄り来て序を知る
    西風瑟瑟として夜窓幽なり


        §


     秋の初めのうた

  天の河はやあはあはとあわだちてあたらしき秋にそそぎこみたり


  かぼそかる末の向うをなほほそく月のひかりの流れてゆくも

         末:うれ


  散りおつる桐のひと葉はなにを知るなにもしらぬよ風よりほかは


  西風の顔ちかづきてふさぐかな夜の窓とふしづかな口を








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日々の微々 240720

2024-07-20 | 歌帖

     「ば・ぶ」四首

   ばぶる bubble

 割れてみて初めてわかるばぶるなる皮うすき実の空気の風味


   ばんぶう bamboo

 ばんぶうの筒より出づる姫黄金あはれうつつのゆめものがたり


   ばすたぶ bathtub

 ばすたぶはゆりかごにしてひつぎなれひとつで足りる極楽小舟


   ばぶわう babuwau

 芭蕪翁と誤植されにし芭蕉翁はるかなりけり昭和の写植

 芭蕪翁:ばぶわう

  

     「だ・ぶ」二首

   だぶすた double standard

 だぶすたと言はば言ふべしさぐられて痛くない腹滅茶痛い腹


   ぶつだ Buddha

 吾がうちの仏陀仏陀のうちの吾れウールムッター無たる仏陀よ

                           無:む









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日々の微々 240716

2024-07-16 | 歌帖

     つゆのま三首  

 涼しさや梅雨の出口の一呼吸このまま秋の庭の奥まで


 梅雨晴の「ば組」御頭おごそかに且つおだやかにバッハと芭蕉

           御頭:おかしら


 蕉翁の訓へ灼かピスタチオの殻はピスタチオの殻で割れ
     訓:をし 灼:あらた



     時計二首

 細雨の針に追はれてしくしくと長針ウサギ短針カメ
 細雨:ささあめ          長針:ながばり 短針:みじかばり


 倒れたら堂々巡りの ∞ 起きてください8の字達磨
            ∞:無限大









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日々の微々 240711

2024-07-11 | 歌帖

     試作数句  

 いくたびも地球もんどりうつ酷暑

 冷房の風極楽のいのちづな

 楯並而いざ鎌倉の夏野菜

  楯並而:たたなめて


          †

暑苦しい拙句だけではなんなので、
『おくのほそ道』から芭蕉の涼しげな二句を。

   有難や雪をかほらす南谷   〈羽黒〉

           ほ:(を)


   象潟や雨に西施がねぶの花  〈象潟〉








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日々の微々 240702

2024-07-02 | 歌帖

     半夏生すこし  


 梅雨の間にうぐひすが来てうるうると鳴くありさまをほろほろと聴く


 花白きところその都度たちどまりたちどまりして梅雨の坂道


 ものなべてこともなきなり半夏生死にたくもなく生きたくもなく


 けむりにも花にも化けてみせませうありやなしやの片白草の毒

                            片白草:カタシロ


 裾物といへどこの世はそらの裾そらよりほかによき衣なし








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日々の微々 240512

2024-05-16 | 歌帖
・大暑三首・


    桐始結花*きりはじめてはなをむすぶ

  桐の花でしたかあれは淡青の淡紫の薄影の嵩
            淡青:うすあを 淡紫:うすむらさき 薄影:うすかげ 嵩:かさ


    土潤溽暑*つちうるほふてむしあつし

  唐草と花綵まざりからみあふほどの動きもなき暑さかな


    大雨時行*たいうときどきにふる

  龍神の髭に尻尾におほあめとおほかぜ戯れて纏はり帰順ふ
                   戯:ざ 纏:まと 帰順:まつろ







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日々の微々 240509

2024-05-09 | 歌帖
・小暑三首・

    温風至*あつかぜいたる

  或るものは波のごとくに或るものは焔そのまま南の風
                       南:みんなみ

    蓮始開*はすはじめてひらく

  ほのかなり人の音せぬあかときのみほとけの手にしら蓮ひらく


    鷹乃学習*たかすなはちわざをなす

  少年の鷹の座学の選り好み「風の語学」と「気流の美学」








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日々の微々 240501

2024-05-03 | 歌帖
・夏至三首・


    乃東枯*なつかれくさかるる

  いちはやく枯れてののちは夏枯草の花穂よろしくリタイアの利他
              夏枯草:かこさう 花穂:くわすい
          
    菖蒲華*あやめはなさく

  五月闇文目も知らぬあの恋の夜のあやめよかなしかりけり
     文目:あやめ

    半夏生*はんげしやうず

  老人にあたらしき友漢方のたとへば半夏いつまでの友
  老人:おいびと  









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日々の微々 240424

2024-04-24 | 歌帖
・芒種三首・


    螳螂生*かまきりしやうず

  ヴィーナスのやうに泡から生まれ出て果てはサロメのやうにMantis


    腐草為蛍*ふさうほたるとなる

  水草が朽ちて蛍になるのなら星は流れて雪となりなむ

  水草:みづくさ


    梅子黄*うめのみきばむ

  青梅の微量の毒をなつかしみ惜しみ羨しみ黄熟の梅
                    羨:とも






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日々の微々 240418

2024-04-18 | 歌帖

     春夏  


 くもりなき塗りのお重に容るるものなく「然らば」と光が籠もる

                        然:しか


 わがままな人用の椅子ひとつあり誰彼我が席をあらそふ
                   誰彼我:だれかれわれ


 肝試し的な夢にて脅されつ騙されつして試されてをり


 春よ春花たてまつる夏よ夏鳥たてまつる風ことごとに








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