読書の森

佐野洋子 『役に立たない日々』



「あと何年もちますか」
「ホスピスを入れて二年位かな」
「いくらかかりますか死ぬまで」
「一千万」
「(高い!止める)わかりました。抗がん剤はやめてください。なるべく普通の生活が出来る様にしてください」
「わかりました」

この会話の癌患者は作家の佐野洋子である。
彼女は当時70歳、年金が無いので貯金を取り崩す生活をしていた。
文筆も行き詰まったし、90歳まで生きていたらどうしようと思っていたと言う。

離婚して独り身、子供はしっかり自立している、介護状態だった母親も2年前に他界して、何の責任も無い身である。
なんと彼女は2年の命の宣告を受けた後、十数年苦しんだ鬱病が殆ど消えたそうだ。
そして毎日がとても楽しくなった。

これは私が勝手に想像したのでなく、佐野洋子が書いた通りの話だ。

癌でもないのに、私は彼女の気持ちが非常によく分かる。
積極的に死にたい訳ではサラサラ無い。
ただ、呆けや身体の不自由さに不安を持ち、更にどんどん減っていく貯金に怯えて、然も全く役に立たない意識を持たされた、独り身の老人にとって、破綻する前に終われる事は本当にホッとするものだと思う。



佐野洋子はベストセラー『100万回生きた猫』の絵本作家である。
ヒューマニティー溢れる童話で、何万回も生きざるを得なかった猫が、愛や家族を得て初めて安らいで死んだという筋だ。

著者の写真などを見ると、知的でいつも元気でキビキビした女性という印象を受ける。
母親との心の葛藤に苦しんだそうだが、そういう人特有の肩肘張った性格を感じる。
とても心優しい人なのに天邪鬼で損をしている感じもある。

それにしても、遺作となったこの本の中で、美味しい食べ物、いい男への憧れ、ボケへの恐怖、忘れられない思い出、がごった煮の様に盛り込まれている。
このごちゃ混ぜぶりが、「余命2年だから許されるでしょう?」と片目を瞑っている感じである。

佐野洋子は72歳で亡くなった。
格好良く死んだ。

ただ、早すぎると思う。
もし、独り身のプライドの高い高齢者にとって、経済的に希望の持てる社会的仕組みが有ったら、又展開が異なってきた事だろう。
飛躍した話だが、高齢社会の今、一生懸命生きてきた高齢者が安心出来る社会を望む。(飛躍し過ぎですか?)

読んでいただき心から感謝いたします。

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