スピリチュアル・確実に幸せに成る為の学び~☆~物欲(金銭欲)・・その空しさ・・例1
◎ テレビを付けると楽しそうなバラエティー番組や有ったらさぞ楽しいだろう便利だろう幸せだろうな・・・の物欲を誘うコマーシャルやそれに引き換え悲惨な事件や災害のニュースや景気や経済や他国の情勢などが勝手に流れてくる・・。
そしてネットによる情報・・・など、溢れんばかりの情報が勝手に一人歩きをし入ってくる。これを情報社会・・と言うのだろう・・。望まなくても向き合わなくても勝手に向こうからやって来て、耳に目に入って来る情報だ。
だから実感が無い・・・。自分に関係の無いよそ事の遠い位置に存在する情報である。それが悪いとは言わないが、自分にとって役に立つ学ぶべき情報は本当は自分の極近い場所に存在する。しかし、そんな情報は今の時代は、見て見ぬ振りなのか、付き合いが気薄に成った為なのか分らないが、ほとんど入って来ない。
直ぐ側の足元に、学ぶべき向き合うべき情報が横たわっている・・。現状・・と言った情報だ。この情報は、出来れば見たくない観とめたくない・・気重な出来事だ・・・。何故なら、自分にも起き得る事だから見たく無い・・・知りたく無い・・・観とめたくない・・むき合いたく無い・・・そんなところいだろうか。
これから、身の回りに実際に起きている現状を見つめてみましょう。気重な情報ではあるが、目を背けてはならない学ぶ事の多い情報である。
そして是非ともと他人事とせず、考えてもらいたい。
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■ 先のブログ記載の内容につづく・・・物欲の空しさ・・例・・1
○ 90才を過ぎて自殺したお婆さんの話
当時、知人のお母さんは90歳くらいだった。夫婦共に長生きで、連れ合いのご主人(お爺さん)も同年代で、夫婦2人っきりで生活をしていた。長女である知人とその下には弟(長男)がいたが、別居生活をしていた。
お爺さんは、公務員で真面目に働き、それなりに出世もし収入も結構な額有ったらしい。例の如く、それなりの天下りをし再就職をし、生活にも余裕が有り、借家を所有し、株も幾つか所有し預金も結構な額有りながらも、慎ましく生活をしていた。住む家は勿論の事、持ち家で元気な頃は夫婦でたまに旅行にも出掛けたらしい。
が、この老夫婦には一つ大きな懸念が有った。それは長男の事である。人を騙す様な人柄では無く、どちらかと言うと騙される事が多く、職業も安定せずその為に、孫の養育費に当たっては随分と協力をして来たらしい。長女は真面目な人と結婚をし、それなりに家庭を築きしっかり者としての存在を位置していた。品の有るお嬢様育ちが何処と無く漂っている。
お婆さんは、90才を過ぎても、未だに家の掃除に食事の支度に洗濯と・・何一つ若い頃と変わり無くやりこなしていたのである。家は何時も綺麗に整えられていたらしい。お爺さんは明治の終わりか大正のはじめ時代の生まれだろう。かなり頑固な人で、家事を手伝う事も無く・・退職後は、ハイお茶・・メシ・・新聞・・と言うとお婆さんが動く・・・それはずーと一貫して代わりが無かった。
この時代の女の人はそうだったのろう。文句も愚痴も言わずそうやって過ごしてきた。
ある時、お婆さんは自分の預金の大方を長女に預けた。お婆さんは資産家の娘でも有ったらしく、それなりの資産を相続していたらしい。その為も有るだろうし小まめに貯めた預金も有ったのだろう。
その後、間も無くお婆さんは入院を2ヶ月余りし後に退院をした。お婆さんは、「もうお爺さんの面倒は嫌だ・・帰りたく無い。」と言ったらしい。その後、長女はクループホームにおばあさんを入居させた。
それから2週間余り経った頃、お婆さんはクループホームの自分の部屋で自殺をしてしまった。
その当初、知人はかなりのショックを受けらしい。
その後、残されたお爺さんの面倒をお通いで長女が見ていたけれど、さすがに大変だったとの事。トイレで用を足すと汚す始末・・。何一つ自分でしないのだから大変だ。かと言ってデイサービスに出かけるのも介護サービスも嫌がり頑固として受け付けなかった・・。
彼女自信は、子育ては完了し夫婦二人暮らしをしていた。もうそろそろ頂く年金の額が気に成る年齢で有る。年相応に体力も衰えてはいるだろうが、お爺さん(父親)の面倒を見ようと思えば見える・・・。そんな感じだった。
が、よっぽど世話が大変だったらしい・・後にお爺さんは、老人向けの病院へ入院する事と成った。
長男は、さっぱり当てに成らず寄り付かず、面倒を見てきた孫達も寄り付かない・・。そんな所だ。
彼女は、お婆さん(母親)が、自殺をしたのはお爺さんの所為たと言っていた。頑固一徹で動かない・・手が焼ける・・。そう言った理由だ。
人間には長所短所が有る。そして誰しもが善の心と悪の心が共存している。
彼女は人の面倒見が良く、頭も良く知識豊富で穏やかな物言いと仕草・・何でも計画的に確実にやりこなす・・・そう言った長所と細かい女性としての仕事は苦手で小まめに働く方では無かった。どちらかと言うと指導者的要素を持っていた。静かな物言いだけれどその裏に怒りや頑固さを持っていた。我侭な面も少々有った様だ。
その当時は分らなかったけれど今なら、お婆さんが無くなった理由が分る。
90才を過ぎて家事とお爺さんの世話は体力的にも精神的にも相当に限界が来ていたのだろう・・。だから自分の資産を娘に託した。
そして察して欲しかった・・。何とかして貰いたかった。退院をした後は、娘と一緒に暮らしたかった。「お爺さんの世話は大変だろうから私に後は任せて自分の所においで・・。一緒に暮らそう・・・。」その言葉を待っていたのだ。優しさを求めた・・・だから大切な自分の資産預金を託したのである・・。
が、結局は、グループホームに入れられてしまった・・。
孤独の部屋の中、お婆さんは絶望してしまったのだろう。こつこつと貯めた預金に資産・・・何の意味が有ったのだろうか?
苦悩の中、孤独の部屋のドアーのノブで首を吊った。
日本の軍隊ではイザと言う時の為に、自殺の方法を教えていたらしい。太平洋戦争の経験が有るお爺さんは、お婆さんにその話をしていたらしい・・。お婆さんは、ぼけてはいなかった・・。その方法を覚えていて選んだのだった。
親は、子供に迷惑と心配をかけまいとする。言いたいけれど言えない頼りたいけれど口に出せない・・。ぎりぎりまで辛抱をする。慎ましく生活をし老後の為に病院代と葬儀費用を残し子や孫の為に資産を残そうとする。
親は息子や娘を何処かで信じている。世間の悲惨な有り様を見ても聞いても、うちの息子は娘は違う・・・と思いたい・・・。
が、現状は大方に裏切られてしまう。
つづく
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