読売巨人軍 長嶋茂雄ランニングロード記念碑
静岡県伊豆の国市吉田
1974年 (昭和49年)10月14日
プロ野球で巨人軍V9時代の四番打者として大活躍した長嶋茂雄 選手がこの日 引退しました。
【 我が巨人軍は永久に不滅です 】
この言葉は、読売巨人軍【巨人】で四番打者を務めた長嶋茂雄さんが引退試合の後のスピーチで発したもので、昭和のプロ野球史に残る名言だと思います。
以下、長嶋茂雄 選手による引退試合スピーチ全文です。
長嶋茂雄〜
昭和33年、栄光の巨人軍に入団以来、今日まで17年間、巨人並びに長嶋茂雄のために、絶大なるご支援を頂きまして、誠にありがとうございました。
皆様から頂戴致しましたご支援、熱烈なる応援を頂きまして、今日まで、私なりの野球生活を続けて参りました。
今ここに、自らの体力の限界を知るに至り、引退を決意致しました。
振り返りますれば、17年間にわたる現役生活、いろいろなことがございました。
その試合をひとつひとつ思い起こしますときに、好調時は皆様の激しい、大きな拍手をこの背番号3を、さらに闘志を掻き立ててくれ……。
また、不調なとき、皆様のあたたかいご声援の数々のひとつに支えられまして……。
今日まで支えられてきました。不運にも、我が巨人軍はV10を目指し、監督以下、選手一丸となり死力を尽くして最後の最後までベストを尽くし闘いましたが、力ここに及ばず、10連覇の夢は敗れ去りました。
私は、今日、引退を致しますが、【我が巨人軍は永久に不滅です!】
今後、微力ではありますが、巨人軍の新しい歴史の発展のために、栄光ある巨人が明日の勝利のために、今日まで皆様方から頂いたご支援、ご声援を糧としまして、さらに前進して行く覚悟でございます。
長い間皆さん、本当にありがとうございました。
このスピーチをもってプロ野球選手としての華々しいキャリアを終えた長嶋茂雄 選手ですが、選手生活10年目の1967年(昭和42年)、大きく成績を落としたことからシーズンを終えた
冬に行うトレーニングを見直すことを決めました。
場所は静岡県 伊豆半島の大仁(おおひと)町(現在の伊豆の国市)に決めました。
2に続きます。