
でも、イエスさまを知ったときから、そんなこの世を生きる生き方が変わった。
救われる前に心を占めていた心配事や思い煩いを、今は主の助けによって聖絶した。もう、そのようなものの姿を見はしない。
どんなに幸せに囲まれて暮らしていても、その幸せに気づくことがなければ、その人は幸せじゃない。
脅すように、不幸せな出来事が押し寄せてきても、主の約束だけを見ている人には、いよいよ主の御真実を味わうときとなる。
あらゆる問題は主に隠れてはいない。主の許しなく起こりはしないのだから、必ず良き方の良きご計画によるものだから大丈夫だよ。すべての事は主が心配をしていて下さる。なんと、神様がこの者を心配していてくださるのだ!これほど安心な事が他あろうか。
逆境の中で味わう平安こそ、主をもっとも近しく感じるとき。
打ちひしがれることが起こったときは、信仰告白のチャンス。愛する我が君を、涙の代わりに賛美する時、応えてくださるみことばの甘さを知っていることは、最上の幸せだから・・ほら、結局何があっても幸せの中に住んでいる。
コメント一覧

石ころ

ラベンダー♪
最新の画像もっと見る
最近の「Weblog」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事