
今日は雲一つない冬晴れ・・何時ものコースをしっかり手を振りながら歩く。本当はあまりに良いお天気なので、もっとゆっくりと味わって歩きたいのだけれど・・。
野は冬枯れて、まだ青空を映すオオイヌノフグリも姿はない。顔を上げて、暖かい太陽を受けて歩く・・広い通りに車も無く、人っ子ひとり歩いていないから・・この道を歩く時は、私の心は開けっ放しで、道いっぱいに広がっている。
私は此処で自転車に乗れるようになった。子供達も此処で練習をした。バイクも此処で慣れたのだ。
まるで私のための道のよう・・、なんて贅沢なこと。半分皮肉もあるのだけれど・・道というものは作りやすい所に造るみたい?
まあ、いいか・・私は此処でどれほど楽しんだことだろう。
日曜日には主人と礼拝に行くことがすっかり当たり前になった。特別な感慨もないけれど、朝からリラックスできるようになった。
寒くても、雨が降っても、風が吹いても車で行けることはとても楽だし、帰りにスーパーによって買い物をするときも、一緒だったらなぜかリラックスしている。ああ、礼拝中もゆったりしているなぁ・・。
時々、ちょっと呆けているなんて思うことがあるけれど、そんな主人を私は頼りにしていたんだ・・と改めて発見。
イエス様は、主人にとってタイミング良く導いてくださったのだろうけれど、私の荷も軽くしてくださったのだ。こうなってみて感じたこと。
最期の望みは、霊の体を頂いてリアルな主にまみえること。ああ、その日がなんと遠く感じられることか・・。
御前ではきっと言葉を失って、ぼうだの涙を流すことだろう・・。
主に拭って頂いた後は、終わりのない喜びの歌を歌い続けるだろう・・。