健常な左手で重たい物を持った時、凄まじい痺れが右側を猛スピードで走る。療法士のいう緊張とも少し違う。痺れの方がより近い表現のように思えるがとにかく想像を絶するものが走るのである。健常な左足に強い力を加えると、やはり痺れが右側を走り抜ける。重たいとか、強いとは言うものの、普通の状態ではそれほど重くもなく、強くもないのだから、感覚障害なのに皮肉にも如何に敏感かという事である。
触覚異常の右側ではこんな事がある。右上半身をマッサージすると右の下肢に強い痺れを感じ、右下半身をマッサージすると右の上肢に強い痺れが生じるのである。つまり、この障害を持つ人には周知の事だが、左側に力が加わると反対側の右半身に痛みを伴った痺れが駆けずり回り、更に右側に力を加えると同じ側に異常感覚を生じるというわけで、異常感覚というのは妙な現れ方をするものだ。そして痺れは休むことなく始終、右半身を悩ませ続ける。心臓が止まって、この世にさよならしたら、その時、初めて痺れに休止符を打つ事が出来るのか、と未来は諦めて悟るふりをする。
痺れは電動マッサージ機のバイブレーションにそっくりな振動である。最近の電気器具は静かが売り物で騒音が器具の外部に出ないように工夫されているが、動きは外からでも分かる。未来のいわば自家発電のようなバイブレーションは消音どころか無音である。揺れも見えない。だが、中身は信じられないほどの状態なのだ。最近、売り出されている電気洗濯機そっくりだ。機具の外には全く騒音が漏れず静かだが、中は汚れた衣類と水に洗剤が交わり戦々恐々で大混乱がおきているのである。暫くの間、撹拌が続いてやがて選択の全工程が終わると終止サインのピーという音がして何事もなかったように中も静まり返る。未来の痺れを語るとすれば、道路工事で使っているジャックハンマー(電動ドリル)をしっかり握ってドライアイスを半身にかけてしまった状態だ、と空かさず説明する。周りの人の反応は「何と言っていいか分からないが、とにかく凄いのひと言で、非常に辛い状態だろう」と言われる。未来にとってこの痺れは辛いというよりとても不愉快なのである。曰く、辛いのは我慢すればいい事だが、不愉快はどう足掻いても不愉快から脱出できないのではないかという事である。電気洗濯機云々は傍観者の立場からで介助者用の説明になると言え、そしてジャックハンマーの方は痺れに悩む本人の視点から語られる感じであると言えよう。
つい先頃、未来は妙な体験をした。いつものようにウォーカーケインを履き、外出の用意をし始めた未来に耐え難い苦痛が襲った。立ち上がって数歩動いた途端に右足が完全に固まってしまった。歩くなんてとんでもない、足を僅か動かしただけだった。そしてその直後、ちょっとも動かせなくなった。これは何だろう。左足を頼りにやっとソファに戻った未来は右足だけでなく、右手をも痛みを伴った痺れが急激に襲ってきた事に気付いた。ソファに腰掛けて右足を左の膝にゆっくり乗せた。必死に協力する左手が痛々しかった、と自ら慰めた。未来は出来る限りゆっくり右足を動かした。普段でも装具付の靴の脱着には時間がかかって苦労するのに、靴の中の足の状態を見たいが為の行為として丁寧に脱がすのは至難の業だった。決して大袈裟ではないが、とにかく難しい動作なのである。ソファが低くて助かった。足の現状維持、成功! 足に変わった事は何もなかった。外から見る限り何の変化もなかった。それより靴を脱いで、ホッとしたのか、右足の緊張は即、取れて強い痺れもいつものそれに戻った。何たる事か? 数分前の痛みを伴った痺れは嘘のように引っ込み、慣れ親しんだ痺れが戻ってきていた。じっと見詰めて未来は言った。
「今のは一体何よ! 私を困らせないでよ!」
知らないで強引に靴の中に押し込まれた右足は表面的には足自体がスムースな状態に戻っても、足に中は押し込まれた状態から抜けられなかったのだろう。右足はすました顔で動かなかった。これだ! まさにこれだ! 外部からは中の大暴れが見えず、平然としているのだ。ずるいよ! もっとアッピールして! 痛いなら痛いと叫んだらいいじゃない! 内に秘めていたら、爆発するのも当然よ! 未来はこれでもかこれでもかと、自分の右足に文句を言った。それでも尚、右足は平然としていた。根負けした未来は黙々と再び装具を付け出した。次の瞬間、ああそうか、と手を止めた。未来は数ヶ月前の事を思い出した。あの時も同じソファに座っていた。座り心地がこれ程良いソファはない。だが、装具を付けるにはこれ程最悪なソファもない。低くて深いのは良いのだが、床との間に開きが殆どなく、掃除機をかけるのも一苦労するソファだが、装具を付けるのにも不向きなのだと分った。二度ある事は三度あると言うが、未来は絶対に三度目の失敗はしないから、と恨めしそうに大きな白いお気に入りのソファを睨みつけた。ソファから立ち上がる時も足を少し後にさげる余裕が必要だが、それ以上に装具を付ける時未来は後方に余裕が欲しいのだった。踵がつかえてそのままで装具を付けると内乱が起きる事を覚えておかなければ大変な事になるんだ、と未来は今更ながら思った。
装具を着けたり、靴を履いたりする時、こんな可笑しな経験もある。未来だけでなく、傍にいる人は大概、ふき出してしまう。感覚のない右足を左側の健足の膝に乗せて足を組む時、奴はとても従順で無言で言うなりになるのだが、反対に替わると人が変わったような態度を取る。今までお世話になってきた左足が右足にちょっとでも乗ろうものなら、忽ちストライキを起こすのである。しかも反逆という感じなのである。ちょっと触れると勢いよく跳ね上がるのだが、その直後、右足は突っ張って全く言うこと聞かなくなってしまう。丁寧に健足を降ろしてあげると「それでよし!」と言わんばかりに徐々に右足も降下し出すのである。脚気の検査より凄い跳ね上がり方である。殆どの人が呆気に取られて、次の瞬間、笑い出してしまうのである。無論、楽天家本人未来も。
足が何かにぶつかる度にピンピンに突っ張って膝が脚気の検査の時のようにピクンピクンと動き出したら堪らない筈だが、未来にとってはこんな体験は日常茶飯事である。普通ならニューロンの興奮を抑えてくれるのだが、脳卒中のような病気では抑えきれなくて反射が亢進してしまう。
触覚異常の右側ではこんな事がある。右上半身をマッサージすると右の下肢に強い痺れを感じ、右下半身をマッサージすると右の上肢に強い痺れが生じるのである。つまり、この障害を持つ人には周知の事だが、左側に力が加わると反対側の右半身に痛みを伴った痺れが駆けずり回り、更に右側に力を加えると同じ側に異常感覚を生じるというわけで、異常感覚というのは妙な現れ方をするものだ。そして痺れは休むことなく始終、右半身を悩ませ続ける。心臓が止まって、この世にさよならしたら、その時、初めて痺れに休止符を打つ事が出来るのか、と未来は諦めて悟るふりをする。
痺れは電動マッサージ機のバイブレーションにそっくりな振動である。最近の電気器具は静かが売り物で騒音が器具の外部に出ないように工夫されているが、動きは外からでも分かる。未来のいわば自家発電のようなバイブレーションは消音どころか無音である。揺れも見えない。だが、中身は信じられないほどの状態なのだ。最近、売り出されている電気洗濯機そっくりだ。機具の外には全く騒音が漏れず静かだが、中は汚れた衣類と水に洗剤が交わり戦々恐々で大混乱がおきているのである。暫くの間、撹拌が続いてやがて選択の全工程が終わると終止サインのピーという音がして何事もなかったように中も静まり返る。未来の痺れを語るとすれば、道路工事で使っているジャックハンマー(電動ドリル)をしっかり握ってドライアイスを半身にかけてしまった状態だ、と空かさず説明する。周りの人の反応は「何と言っていいか分からないが、とにかく凄いのひと言で、非常に辛い状態だろう」と言われる。未来にとってこの痺れは辛いというよりとても不愉快なのである。曰く、辛いのは我慢すればいい事だが、不愉快はどう足掻いても不愉快から脱出できないのではないかという事である。電気洗濯機云々は傍観者の立場からで介助者用の説明になると言え、そしてジャックハンマーの方は痺れに悩む本人の視点から語られる感じであると言えよう。
つい先頃、未来は妙な体験をした。いつものようにウォーカーケインを履き、外出の用意をし始めた未来に耐え難い苦痛が襲った。立ち上がって数歩動いた途端に右足が完全に固まってしまった。歩くなんてとんでもない、足を僅か動かしただけだった。そしてその直後、ちょっとも動かせなくなった。これは何だろう。左足を頼りにやっとソファに戻った未来は右足だけでなく、右手をも痛みを伴った痺れが急激に襲ってきた事に気付いた。ソファに腰掛けて右足を左の膝にゆっくり乗せた。必死に協力する左手が痛々しかった、と自ら慰めた。未来は出来る限りゆっくり右足を動かした。普段でも装具付の靴の脱着には時間がかかって苦労するのに、靴の中の足の状態を見たいが為の行為として丁寧に脱がすのは至難の業だった。決して大袈裟ではないが、とにかく難しい動作なのである。ソファが低くて助かった。足の現状維持、成功! 足に変わった事は何もなかった。外から見る限り何の変化もなかった。それより靴を脱いで、ホッとしたのか、右足の緊張は即、取れて強い痺れもいつものそれに戻った。何たる事か? 数分前の痛みを伴った痺れは嘘のように引っ込み、慣れ親しんだ痺れが戻ってきていた。じっと見詰めて未来は言った。
「今のは一体何よ! 私を困らせないでよ!」
知らないで強引に靴の中に押し込まれた右足は表面的には足自体がスムースな状態に戻っても、足に中は押し込まれた状態から抜けられなかったのだろう。右足はすました顔で動かなかった。これだ! まさにこれだ! 外部からは中の大暴れが見えず、平然としているのだ。ずるいよ! もっとアッピールして! 痛いなら痛いと叫んだらいいじゃない! 内に秘めていたら、爆発するのも当然よ! 未来はこれでもかこれでもかと、自分の右足に文句を言った。それでも尚、右足は平然としていた。根負けした未来は黙々と再び装具を付け出した。次の瞬間、ああそうか、と手を止めた。未来は数ヶ月前の事を思い出した。あの時も同じソファに座っていた。座り心地がこれ程良いソファはない。だが、装具を付けるにはこれ程最悪なソファもない。低くて深いのは良いのだが、床との間に開きが殆どなく、掃除機をかけるのも一苦労するソファだが、装具を付けるのにも不向きなのだと分った。二度ある事は三度あると言うが、未来は絶対に三度目の失敗はしないから、と恨めしそうに大きな白いお気に入りのソファを睨みつけた。ソファから立ち上がる時も足を少し後にさげる余裕が必要だが、それ以上に装具を付ける時未来は後方に余裕が欲しいのだった。踵がつかえてそのままで装具を付けると内乱が起きる事を覚えておかなければ大変な事になるんだ、と未来は今更ながら思った。
装具を着けたり、靴を履いたりする時、こんな可笑しな経験もある。未来だけでなく、傍にいる人は大概、ふき出してしまう。感覚のない右足を左側の健足の膝に乗せて足を組む時、奴はとても従順で無言で言うなりになるのだが、反対に替わると人が変わったような態度を取る。今までお世話になってきた左足が右足にちょっとでも乗ろうものなら、忽ちストライキを起こすのである。しかも反逆という感じなのである。ちょっと触れると勢いよく跳ね上がるのだが、その直後、右足は突っ張って全く言うこと聞かなくなってしまう。丁寧に健足を降ろしてあげると「それでよし!」と言わんばかりに徐々に右足も降下し出すのである。脚気の検査より凄い跳ね上がり方である。殆どの人が呆気に取られて、次の瞬間、笑い出してしまうのである。無論、楽天家本人未来も。
足が何かにぶつかる度にピンピンに突っ張って膝が脚気の検査の時のようにピクンピクンと動き出したら堪らない筈だが、未来にとってはこんな体験は日常茶飯事である。普通ならニューロンの興奮を抑えてくれるのだが、脳卒中のような病気では抑えきれなくて反射が亢進してしまう。