12月は忙しく、まとめる時間もなかったので遅れましたが。
最近わかりにくい「戒告」につい個人的に思ったことを。
12月18日7Rで、鈴木恵介騎手が騎乗停止になりました。
出来事を読むと「騎乗法に適切を欠き(追い方に闘志を欠く)」ってなんだ?
http://www.banei-keiba.or.jp/topics/20161218.html
このレースは見ていなかったので、ラッセルクインと恵介騎手に注目しながらレース動画をチェック。
2障害後、1回そりを手綱で鳴らし、叩かずに馬の行く気に任せた騎乗が、さすがトップジョッキー。
戒告の部分を確認するのも忘れるほど、かっこよさに見入りました。
途中で馬が止まり、でもそれと同時に手綱を引いた、ように見えました。
2障害からゴールまでの間は、ばんえい記念を除いて故意に馬を止めてはいけません。そのことなのかなぁと思いつつ、
でもそのことを知っててやったということは、何か理由があるわけで。
何をもって「闘志」というのか?
「闘志を欠く」という一文だけだと、変な憶測を呼ぶのではないかと、心配になりました。
裁決の判断は、ほかの競馬でも議論を呼ぶところ。元騎手にすべきだというのはJRAでも言われるし、ばんえいでも昔から言う人がいました。しかし、スポーツの審判と同じく従うべきことなのだと思います。裁決が主催者側の職員、というのもそういうことなのだと思います。
ただ「闘志を欠く」という表現はわかりにくい。ルール外が「闘志を欠く」?
JRAもここ最近では「出来事」がわかりやすい説明になってきているので、ばんえいもそのようになることを願っています。
詳しい説明があることによって、外部からくだらない文句や噂を言う人の声を少なくできるのではないか、と思っています。
正直言うと私も、厳格な姿勢アピールか、と思ってしまった。冷静になって考えると、そうじゃない理由というのがあるんだと思いますが。
あとで聞いた話をまとめると、ラッセルクインが今にも座りそうなくらいふらふらだったので、恵介騎手が止めた、ということらしい。そのことを説明しても認められなかったそうです。
うまい騎乗(と私は見た)が逆に処分を受けてしまうのは辛いなぁ。不運としかいいようがないです。そして恵介騎手はインフルエンザに罹ってしまったし、踏んだり蹴ったり……
というあたりを、もっとキレイにまとめているのがりきみどりさん。わかりやすいのでぜひご覧ください。
http://riki-midori.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/201612187-fbcc.html
トラックバックしたの何年ぶりだろう!(笑)
また、普段見ている方はわかっていることかと思いますが、「叩く仕草=闘志」と思う人がいるのであれば、レースの本質から離れていってしまってるのではないか、と気になっています。
トップ騎手にインタビューをするたびに、ムチを入れたからって馬が進むわけではない、という話を聞いてきました。「下手な騎手ほど叩きたがる」。確かにそうだ、と思ってレースを見ています。
(インタビュー記事では、できるだけその一文を入れるようにはしています)
ばんえいが虐待か、ということが話題になるたびに「厚い尻を叩いたくらいでは驚かない」というくらいだし。
もちろん、ばんえい記念など、最後の力を振り絞って、という時に合図を送り続ける、というのはわかります。
ゴール前、思わずもっと追え、と声が出るのもわかる(笑)。
そういう面もあるけれど、私自身は、叩きすぎるよりは、ゴール前、馬の表情を伺いながらじっとしている騎手の姿をかっこいいと思っています。いや、リズミカルなムチもたまにはかっこいいと思っちゃうか? あれ、揺らいでますね…(汗)
叩けば進む、なんていう単純なものではない、という知識がもっと広がればいいのかもしれません。
それは、虐待ではないということにつながるのではないかと。
26日6Rも工藤騎手が戒告。言われてから見ると、刻みすぎに見えるからなの? と思いつつ、わかりにくい。
http://www.banei-keiba.or.jp/topics/20161226.html
いつも言ってますが、なんでも文句を言うオヤジはいる。
そして自分が物知りかのように悪口を言う人たち。
このオヤジらがばんえいをつぶすのではと思ってる……
便乗して周りに言う人間も同罪よ!
.
こういうことは、主催者が発表しない段階なら、誰かが取材して確認すべきなのか…と思うと、自分もその1人なのかとずっしりプレッシャー。ただのファンがなんでこんなことになった…
私は行動する時に、今までのJRAや地方競馬の報道を思い出しながら、同じレベルで考えています。現在、細かいところを外に報じられることが少ないので、焦りを感じています。うう、自分がするしかないのか…と。
3月1日発行のポムレ7号の特集「支え人」は、内部の運営に関わる人です。
取材していくうちに、これで不正が行われるなんて思えない、というかできない。ありえない。とわかります。
騎手や調教師にレースへの思いを聞けば、勝つことに対する、それこそ闘志が伝わってくる。
照れ屋だから言葉だけじゃわからないこともあるけれど、感じるものはある。それをうまく伝えていきたい。そうすれば、変なことを言う人も減るのではないか…と信じて、やってきました。
もともと小心なのに、ばんえいのためにと思ってなんとか殻をやぶって頑張ってきた10年です。まだ、なかなか慣れないけれど、何がいい方法なのか勉強しながら、伝えていきたい。10年前署名を集めながら思ったのが、これだけ応援している人がいる、ということ。まだまだ未熟で、「あ゛ーーー」と叫びたいもやもやばかりだけど、その人たちへのお返しになるよう、できることを頑張っていきたいです。
ということで、まだ重賞がありますが1年のまとめみたいな感じになりました。
ほんとは取材とかじゃなく、ファンとして競馬を見たり、何より馬に乗ったり触れ合ったりする毎日を過ごしたい……
でもまだちょっとやることがあるようなので、もう少し頑張ります。
最近わかりにくい「戒告」につい個人的に思ったことを。
12月18日7Rで、鈴木恵介騎手が騎乗停止になりました。
出来事を読むと「騎乗法に適切を欠き(追い方に闘志を欠く)」ってなんだ?
http://www.banei-keiba.or.jp/topics/20161218.html
このレースは見ていなかったので、ラッセルクインと恵介騎手に注目しながらレース動画をチェック。
2障害後、1回そりを手綱で鳴らし、叩かずに馬の行く気に任せた騎乗が、さすがトップジョッキー。
戒告の部分を確認するのも忘れるほど、かっこよさに見入りました。
途中で馬が止まり、でもそれと同時に手綱を引いた、ように見えました。
2障害からゴールまでの間は、ばんえい記念を除いて故意に馬を止めてはいけません。そのことなのかなぁと思いつつ、
でもそのことを知っててやったということは、何か理由があるわけで。
何をもって「闘志」というのか?
「闘志を欠く」という一文だけだと、変な憶測を呼ぶのではないかと、心配になりました。
裁決の判断は、ほかの競馬でも議論を呼ぶところ。元騎手にすべきだというのはJRAでも言われるし、ばんえいでも昔から言う人がいました。しかし、スポーツの審判と同じく従うべきことなのだと思います。裁決が主催者側の職員、というのもそういうことなのだと思います。
ただ「闘志を欠く」という表現はわかりにくい。ルール外が「闘志を欠く」?
JRAもここ最近では「出来事」がわかりやすい説明になってきているので、ばんえいもそのようになることを願っています。
詳しい説明があることによって、外部からくだらない文句や噂を言う人の声を少なくできるのではないか、と思っています。
正直言うと私も、厳格な姿勢アピールか、と思ってしまった。冷静になって考えると、そうじゃない理由というのがあるんだと思いますが。
あとで聞いた話をまとめると、ラッセルクインが今にも座りそうなくらいふらふらだったので、恵介騎手が止めた、ということらしい。そのことを説明しても認められなかったそうです。
うまい騎乗(と私は見た)が逆に処分を受けてしまうのは辛いなぁ。不運としかいいようがないです。そして恵介騎手はインフルエンザに罹ってしまったし、踏んだり蹴ったり……
というあたりを、もっとキレイにまとめているのがりきみどりさん。わかりやすいのでぜひご覧ください。
http://riki-midori.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/201612187-fbcc.html
トラックバックしたの何年ぶりだろう!(笑)
また、普段見ている方はわかっていることかと思いますが、「叩く仕草=闘志」と思う人がいるのであれば、レースの本質から離れていってしまってるのではないか、と気になっています。
トップ騎手にインタビューをするたびに、ムチを入れたからって馬が進むわけではない、という話を聞いてきました。「下手な騎手ほど叩きたがる」。確かにそうだ、と思ってレースを見ています。
(インタビュー記事では、できるだけその一文を入れるようにはしています)
ばんえいが虐待か、ということが話題になるたびに「厚い尻を叩いたくらいでは驚かない」というくらいだし。
もちろん、ばんえい記念など、最後の力を振り絞って、という時に合図を送り続ける、というのはわかります。
ゴール前、思わずもっと追え、と声が出るのもわかる(笑)。
そういう面もあるけれど、私自身は、叩きすぎるよりは、ゴール前、馬の表情を伺いながらじっとしている騎手の姿をかっこいいと思っています。いや、リズミカルなムチもたまにはかっこいいと思っちゃうか? あれ、揺らいでますね…(汗)
叩けば進む、なんていう単純なものではない、という知識がもっと広がればいいのかもしれません。
それは、虐待ではないということにつながるのではないかと。
26日6Rも工藤騎手が戒告。言われてから見ると、刻みすぎに見えるからなの? と思いつつ、わかりにくい。
http://www.banei-keiba.or.jp/topics/20161226.html
いつも言ってますが、なんでも文句を言うオヤジはいる。
そして自分が物知りかのように悪口を言う人たち。
このオヤジらがばんえいをつぶすのではと思ってる……
便乗して周りに言う人間も同罪よ!
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こういうことは、主催者が発表しない段階なら、誰かが取材して確認すべきなのか…と思うと、自分もその1人なのかとずっしりプレッシャー。ただのファンがなんでこんなことになった…
私は行動する時に、今までのJRAや地方競馬の報道を思い出しながら、同じレベルで考えています。現在、細かいところを外に報じられることが少ないので、焦りを感じています。うう、自分がするしかないのか…と。
3月1日発行のポムレ7号の特集「支え人」は、内部の運営に関わる人です。
取材していくうちに、これで不正が行われるなんて思えない、というかできない。ありえない。とわかります。
騎手や調教師にレースへの思いを聞けば、勝つことに対する、それこそ闘志が伝わってくる。
照れ屋だから言葉だけじゃわからないこともあるけれど、感じるものはある。それをうまく伝えていきたい。そうすれば、変なことを言う人も減るのではないか…と信じて、やってきました。
もともと小心なのに、ばんえいのためにと思ってなんとか殻をやぶって頑張ってきた10年です。まだ、なかなか慣れないけれど、何がいい方法なのか勉強しながら、伝えていきたい。10年前署名を集めながら思ったのが、これだけ応援している人がいる、ということ。まだまだ未熟で、「あ゛ーーー」と叫びたいもやもやばかりだけど、その人たちへのお返しになるよう、できることを頑張っていきたいです。
ということで、まだ重賞がありますが1年のまとめみたいな感じになりました。
ほんとは取材とかじゃなく、ファンとして競馬を見たり、何より馬に乗ったり触れ合ったりする毎日を過ごしたい……
でもまだちょっとやることがあるようなので、もう少し頑張ります。