ばん馬のいる風景-BANEI Photo Gallery -

ばん馬や馬文化のコラムと少し写真。

昔のメモ発見2 2014年黒ユリ賞

2014-11-01 20:55:51 | 2014年競馬場
取材メモ紹介し忘れその2です。

2014/2/16 黒ユリ賞 キサラキク

村上調教師
秋から体ができてきた。膝が甘いところがあるが、山で持ちこたえた。持久力はある。
(プラス21キロだったが)。今まで無理していたので楽させた。調教、調整は藤野騎手。
性格はおっとり。(パドックでも気合入っていましたね)レースになると気持ちが入る馬。


藤野騎手
障害降りてもいい足使って歩く。山が下手。「危なかったもんね。なんとか持ちこたえたもんね。」
メンバー強くなってきたけど、A-1でも引けを取らなくなった(ハクタウホウの2着)ので、これは勝ちたいな、と思っていた。調教では、元気を付けようと思って、様子見ながら弱らないようにしてきた。

(山が苦手な馬でも、持ちこたえたのはさすが藤野さんだと思います!)






  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

北見記念インタビュー

2014-10-30 23:24:25 | 2014年競馬場
北見記念インタビュー、こちらで紹介します。
パソコン整理していたら、紹介せずにきちんとまとめていないインタビューメモがたくさん見つかった…(゜A゜;)
あとでちょこちょこアップします……

さて、優勝したフクドリの皆川調教師、普段から面白いことをいう先生ですが、インタビューはまぁ真面目に答えてくれます。
…が。
この日は1歳馬決勝大会で「負けられない」と言っていたホクセイキカンボが1着入線。フクドリは気心の知れた安部騎手だったこともあってか、饒舌に磨きがかかり、爆笑もの。すっかりペースに乗せられてしまった……。
〔〕は私の質問、()は補足説明です。


☆皆川調教師

フクドリは、展開に弱い馬。(いいレースができるには)何回止まってゴールまで行くか、という回数による。〔夏場は弱い印象がありますが〕体調が悪いわけではない。
フジダイビクトリーは、30キロ差あれば、あれがせいいっぱい。それでもよく頑張った。
重量のあるレースだと、フクドリの方がまだ上。
無冠の帝王なんて言われてな。あれだけ勝って、年間最多勝とか取っても重賞勝ったことなかったんだ。
広瀬さんは、一番馬を持っている馬主だ。(←裏取ってないですが、皆川先生はそう言っていたということで)ばんえいを支えている。
ずっとフクドリは勝てんかった。その、(ばんえいを支えている)広瀬さんの馬で勝ったことが一番うれしい。

憲二はな、JRAでいうと武豊(←?!安部騎手も「それもすげーな」と)。
重量あるレースだとベテランはやっぱりうまい。山上げさしたらうまい。(武豊、というのは、重賞の勝ち方を知っているというニュアンスでしょう)
(といいつつ、しょっちゅう安部騎手とやんややんや。「誰乗ったって今日のフクドリなら勝つんだ!○沢乗ったって行くよ、落ちるかもしれないけどな」とか(^^;))

〔北見市留辺蘂町出身ですね。〕そうだ、留辺蘂名誉町民だ。書いとけ!北見と合併したけどな。(という話の時に、ちょうど北見から来たスタッフの方が通ってやんややんや) 騎手時代にも北見記念は取っていないんだ。故郷が俺を待ってるつーかな。(あまりに話がそれるので、流れを戻そうと北見記念勝って嬉しいですか、と聞くと)嬉しいに決まってるべや!


☆安部騎手

〔障害の不安は〕そうだね、この馬は自分との戦い。いかに早めにいい腰入れるか。
今回で(騎乗は)4回目。レースをしながら手応えは感じていた。スタートいいし、降りてからの脚がいい。
あまり先に行くと、障害の粘りがなくなるので控え気味にレースを進めた。周りの動きを見て動いた。(障害は)うまくあがってくれた。
〔すごい脚でしたね〕 あれくらい走れると思った。あの位置で降りれば勝てるかな、ちょうどきっちりかわせるかな、と。1メートル差つけても、5センチ差でも勝つのは同じだから。馬場は前回と変わらないし、他の馬のしょってる荷物を計算した。軽いハンデをいかした。
〔マークしている馬はいましたか〕 インフィニティーは真面目だし、ユウキは今回は荷物ある。乗ったことある馬(ユウキ、ホリセンショウ、オイドン)多いし、いつも一緒にレースしているからね。タイショウの20キロハンデはきついけど、やっぱり強いね。さすが大河原さんだ。

馬に自信をつけさすことも大事。障害に向かう気持ちをつけさせる。それが成長につながる。
馬を大事にすると成長するんだ。おれはそうやってる。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大河原騎手復帰。

2014-04-27 22:21:56 | 2014年競馬場
昨日、アキレス腱断裂の怪我から復帰した大河原騎手。復帰初戦、今日のオッズパーク杯を制し、インタビューで次の目標は3003勝とか言ってましたが(笑)、一つ一つの勝利を大事にということなんでしょう。(3000勝表彰式では3002勝が目標と言っていた)
大河原&タイショウのコンビの復活、うれしいです。

手術後お見舞いに行ったときに、さすがというエピソードがいくつかありました。
病室にはいなかったので、とりあえず休憩所で待っていたら、遠くからやたら車いすの扱いに手慣れた人がやってきます…それが大河原騎手でした。「車いすバスケでパラリンピック目指す」とか冗談を言って、見事なターン?を決めます。「座った時の体重移動がコツなんだ」そうで。乗馬か。なんでも手懐けちゃうんですね。
同じ日に、同じアキレス腱の手術をした20代の男性はまだ点滴を打っている状態だとか。大河原騎手は、普段から体のメンテナンスをきちんとしていると聞いたことがあります。こういうところで結果が出てくるんですね。痛みもなかったそうです。

この時、本気でばんえい記念に間に合うんじゃないか!? と思いました。スポーツ選手は怪我からの復帰が早いとはいえ、プロの中では年配の部類。見えないところで鍛えてるんだろうな、と感じました。

という話を復帰前に書きたかったのに2日遅れました(^_^;)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

センゴクエース

2014-04-09 22:07:21 | 2014年競馬場
6日は今年の第1回能力検査でした。ここ数年、毎年見に来ています。夢があって、なんだかいいのだ。2歳はあどけなくてかわいいし。かわいい馬を発見するとうれしいし。

センゴクエース。
いろいろな場所で、サダエリコの最後の仔、と書かれているのを見て、そのたびに、ああ、もう最後の仔なんだ、死んでしまったんだ、ということを思い出す。サダエリコはいつもそばにいたわけではないし、心のなかにいるから、この世にいないことを忘れてしまうことがある。

だから、これがエリコの子を見る最後の能検なんだ、最後の子に会えるんだ、ということに気付いた時から、ずっとドキドキしたままこの日を迎えた。

能検のパドックは、馬番が書かれていないし、基本順番通りだけど2歳なので前後することもあるから、6番目に出てきた鹿毛馬がセンゴクエースだと確信はできない。それでも馬体の雰囲気が母親に似ていた。面影を感じながら、いろんな競馬場で見たエリコのことを思い出していた。
(パドックでは、最後に厩務員さん3人(!!)に引かれて出てきた、いまにも「悪いことしちゃうぞー」という雰囲気びんびんの鹿毛馬がいたので、もしかしてこの子だったりして、とちょっと焦った笑)

スタート。右へ左へふらふらしながら、前へ前へとキャンターで進む。前日、ウンカイの鹿毛はいきたがるというような話をしていたけど、それでもうわー、早すぎるよ! 一腰で障害を越えた。


恵介騎手が抑えきれない、でも抑える必要もないか、といったふうに、走ったまま、馬の気の向くままにゴールへ。なんだ、このパフォーマンス!! 余裕の1番時計だった。ゴールした時、他の馬はまだ障害を登っていた。
エリコ、やっちまったなーー。やっぱりエリコ、すごいよ。それにしても、ここまで目立つことをやってしまうとは…


本当に人が死ぬときは、人々の記憶から消えてしまうときだ-
そう聞くけれど、馬だって同じだろう。サダエリコという馬がいたという記憶、子ども、孫の血統表に綴られる名前。伝え続けることで、ずっとエリコは生き続ける。
これからは、サクセスクィーンが母となり、血統表に名を残していくだろう。ブラックシシや、エースはこれからどうなるかな?ずっと、語り継ぐよ。

そういえば、アンローズの娘、ローズガールの子ももうそろそろ生まれるころだ。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ばんえい記念 インタビュー編

2014-04-03 22:55:25 | 2014年競馬場
ばんえい記念が終わりました。
いいレースでしたね。浅田騎手、奈良から北海道に来て頑張っているところ、騎手向きの性格、今後を期待している騎手で、嬉しかったです。金田調教師もばんえいを、ばん馬を大事にするとてもいい先生で…このコンビの勝利、感動しました。
ばんえいではゴール後、ガッツポーズってしないですよね。しないものだと誰かのインタビューを読んだこともあるのですが、新しい時代ということなのでしょう。
私は取材ということで、10番枠の延長あたりに他の報道関係者7、8人と固まっていました。検量を終わって出てきた浅田騎手におめでとう! と声をかけると、こちらにやってきて、手袋を脱ぎ始めてるし。そのまま大握手大会。みんなが祝福していました。
インフィニティーは表彰式でもちゃかちゃかしていて、元気な姿を見せてくれました。
フクドリも頑張りました。皆川厩舎は能検もみんなで声をかけて馬に激を飛ばしますが、今回も黄色い服を着た厩務員さんたちの大声が響いていました。
キタノタイショウは残念でした。ゴール後座り込んだ姿はちょっとショックだった…でもまだ来年があります。シベチャタイガーのゴールにも感動しました。この2頭は本来ならもっと…とも思うのですが、それだけ調整も難しいレースということなのでしょう。


写真はまだ整理できていないので、とりいそぎ、インタビュー内容をアップします。
インフィニティーにはさまざまなサイドストーリーがありました。
こちらで紹介させてください。

☆浅田騎手

夢のようなレースで優勝できるとは。まだ実感がわかない。
ばんえい記念は初めてだから、過去のレースを研究した。3年前と水分が似ていたので、参考にした。
厳しいレースで、Goサインだしても動かなかったことがあった。

(レース前の)ビデオでは、最初に2障害に登ると宣言したのに、ホリセンショウより一つ遅れた。約束できなかったな。

(勝てると思ったのは)辛抱強く歩いていたから、ひょっとしたらこのままゴールまで持ってくれるかな、と思った。タイムかかれば、結果を出してくれると思っていた。

(相手は?) 相手は気にせず、自分しか考えなかった。力がある馬が勝つレースだから。

(お父様が来られると勝ちますよね。今回も来ていましたか?)うん、あの人すごいわ(笑)
(※お父様は初勝利、北斗賞、そしてばんえい記念と来られています)

(初めてのばんえい記念について) わくわくした。去年はスタンドから見ていたのに。
緊張はなかったけど、馬そりみて「これ行くんか?!」と思った。
人が集まってくれてるし、雰囲気が違う。また獲りたい。



☆金田調教師(ニシキダイジンに続きばんえい記念制覇は2回目)

感無量。浅田もよくやったし、あの子(インフィニティー)も持てる力を全部出した。目から汗出た(笑)

(挑戦しようと思ったのは。) 
ニシキダイジンで一度獲っているが、それと比較して、(重さは)こなせると思っていた。1000キロは合うと確信していた。
ただ、出す場面がなかった。どこか一つ重賞を勝ったらばんえい記念(に出走しよう)と思っていた。だから北斗賞を勝って、それからここを狙っていた。自力でつかんだ切符。
誰も知らないけれど、俺と浅田だけは信じていたんだ。それを見せることができただけであって。
700、800では良さを引き出せない。あと100キロくらいいける。
今回は、馬場も最高。これ以上水分あったら負けていたわ。
浅田は、シルバーコレクターみたいなところがあるけれど(笑)、今回は(2障害)下につけた時に勝てると思った。
折り合いのつけづらい馬だけど、(レース中)息が入っていたから行けると思った。ヤツが初めて重いと思ったんじゃないか。
(※コマクインの引退式でもそうでしたが、金田調教師は馬のことを「あの子」「あいつ」「奴」といいますね。)

(調教は)疲労にならないように、900キロくらいひかせていた。

(この馬のいいところは) 無事是名馬。病気しない。カローラのボディにクラウンのエンジンのってる感じかな…排気量が違う。まだまだ頑張ってもらうよ。

(北斗賞の時に、浅田騎手が俺ができなかったことをやってくれた、というような話をされていましたが)
自分のやり残したこと全部やってくれた。

(駒井オーナーは競馬場に来られていましたか。)

怪我をして、今回は来れなかった。
今はインフィニティーが生きがいみたいなものだな。コマクインが引退して、1週間前にはスギノファントムが死んでしまった。
落ち込んでいるところにいい報告ができたのかな。子どものように喜んでいた。
(※ちなみにインフィニティーとコマクインの父、フジエーカンも駒井オーナーの馬でした。2頭の活躍、うれしいことでしょう)

(生産者の坂井さん(現在は息子さん)は?)

インフルエンザになっちゃって。
今頃沸騰してるわ(笑)
(※坂井さんは40代の若い牧場主です。数年前にお父様が亡くなられて、それまで全くやったことのない馬の仕事をはじめたという方なのですが、「兄貴!」という感じの、とってもいい方なんです。こんな時にインフルというところも、かわいそうだけどなんか坂井さんらしく苦笑…。次はぜひ競馬場でみてほしいです)

(厩務員さんが最後のレースだったとか。)

このレースを最後に故郷の横浜に戻るんだ。最後に大きい仕事をした。
(浅田:ばんばのテレビ見て来たんだ。俺と同じみたいなもん)
スギノファントムも担当していて、ものすごく落ち込んでいたんだ。
(※青木厩務員さん、15年くらいこの世界にいたそうです。金田先生と浅田騎手で、あいつの年はいくつだ? 年齢不詳だよな、と盛り上がる笑)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする