
昔・・・深夜は、街の電話ボックスはしばしば埋まっていた。
しかも、一度誰かが使いだすと、深夜の電話ボックスは、なかなか空かなかった。
たいがい、そういう時は、好きな人に電話をしてる場合が多かったのではないだろうか。
というのは、心なしか、電話をしてる人の表情は、にこやかだったから。
で、そういう表情で延々と話してるんだから、多分・・皆、好きな人との通話が多かったのだろうと私は思ったものだ。
かくいう私も、深夜に街の電話ボックスを探して歩く時は、好きな人への電話をしようと思っていたことが多かったから、余計にそう思えたものだった。
あてにしてた電話ボックスが埋まってると、けっこうガッカリしたし、それに代わる違う電話ボックスを探して夜の街を歩きまわったこともあった。
空いてる電話ボックスを探しまわり、やっと見つけてボックスに入り、好きな子に電話しても・・・相手が出ないと、それはそれでガッカリ度も倍増。
「こんな時間に何やってるんだろう、まだ帰ってないのかな」と思うと、妙に気になったり。
あるいは、もう寝てしまっているんだとしたら、起こしては悪いかな・・とも思ったり。
帰宅してないのだとしたら、少し時間をおいてまた電話すれば帰宅してるかもしれない・・・そう思うと、一反その電話ボックスを出て、夜の街を時間つぶしのために徘徊したり、一度家に帰って時間を経過させてから再び外出して電話ボックスに行ったり。
それで空いた電話ボックスを新たに見つけて電話しても、まだ帰宅してなかったりしようものなら、更に気になった(笑)。
誰と会ってるんだろう・・とか、どこにいるんだろう・・とか、何をやってるのだろう・・とか。
夜の街を、ただただ電話をかけるために電話ボックスを探して徘徊する行為は、相手が電話に出ないと、その疲労感もひとしおだった。
まあ、一人暮らしで、部屋に電話があれば、そんな「夜の徘徊」などしなくてもよかったのだが、若い頃の私はまだ自宅で暮らしていたから、好きな人との電話を親などに聞かれたくなかったし、そのためには公衆電話を使うしかなかったのだ。
最近は、携帯の普及が圧倒的なので、街かどの公衆電話ボックスをあまり見かけなくなった。
当然、誰かが深夜に電話ボックスにこもり、にこやかな表情で長電話をしている姿も見かけない。
自宅で暮らしている人でも、携帯を持って、ちょっと家の外に出て通話すれば、親などに通話を聞かれずにすむしね。
時々思うのだが・・・自分が若かった頃に携帯が普及してたら、どうだったかなあ。
好きな子に深夜電話して、そこが相手の自宅で、もしも相手の親(特に父親)が出てしまったらどうしよう・・・と思うと、自宅住まいの女の子には中々電話できなかったものだ。
携帯があれば、うまくいかなかった恋がうまくいった可能性もあるし、逆に携帯の利便性ゆえに妙な疑いが生まれて、うまくいく恋もうまくいかなくなったりもする場合もあるだろう。
どちらの可能性が高いかは、ケースバイケース。
ただ・・深夜に屋外の電話ボックスで好きな子に電話した時の、ドキドキ感や嬉しさは、携帯の手軽さでは得られないものだったとは思う。
ガラス張りだから、外から中が丸見えだったんだけど、あの狭さがまるで密室みたいで、妙な安心感もあった。ちょっとした、自分だけの基地みたいな。
深夜の電話ボックス、最近使いましたか?