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私が自作曲らしきものを初めて作ったのは、おそらく・・幼稚園に入る前に田舎の婆ちゃんに預けられて、田舎でしばらく過ごし、その後やがて母が私を迎えにきて、東京に帰る列車の中で・・だったと思う。
その時、列車の窓から外の景色を見ながら、子守唄のような歌を適当に作ったのを覚えてる。
その歌はさすがにもう覚えていないが、途中の一小節だけは今も覚えている。
たぶん、それが・・・覚えている限りでの私の初めての自作曲だったと思う。
その後、時は流れ。
小学校にあがり、私は漫画を描くようになった。
で、自分の描いた漫画に主題歌を作って遊び始めた。
まだギターは弾いてなかったので、ひたすらハナ歌か、ハモニカを使って作っていた。
自作の野球漫画のために作った主題歌は、今も覚えている。
恥ずかしくて、とてもじゃないが人前では歌えないけど(笑)。
やがて中学に行くようになると、今度は音楽の時間に使うたて笛で曲を作り始めた。
自然風景の写真集を見て、自分なりの自然風景もイメージしながら。
で、やがてギターと出会う。
ギターと出会ってからは、堤防が決壊したかのように自作曲を乱作し始めた。
で。
やがて自作曲の数がたまってくる。
そうなると、残しておきたくなる。
中学3年の頃から、私はカセットテープに、作りためた曲を録音して残していくようになった。
カセットには、タイトルもつけて。
やがて、高校時代になると、自作曲を単にカセットに録音するだけじゃ飽き足らず、まず録音する自作曲をリストアップし、曲順をちゃんと決めて、順繰りに録音しておくようになった。
ケースの中には、曲のリストを書いたメモをはさみ、ジャケットイラストも自ら描いて。
もちろん、タイトルもつけて。
このへんにんると、完全に気分は「アルバム」だった。
多い時は一時間テープに30曲以上収録したりした。
中学3年の頃から作り始めた「自作のカセットアルバム」は、途切れることなく続き、大学4年の頃まで作り続けた。
その後、社会人になってからはバンドを組み、カセットアルバム活動はいったん停止。
やがて30代半ばにバンド活動もなくなると、久々にまたそういう「カセットアルバム」を作った。
まだかろうじてカセットの時代は続いていた。
終焉の頃ではあったけど。
今はCD-R、オリジナルCDを手軽に作れる時代になったが、カセットのあの手軽さは魅力だったなあ。
音質は、今のCDなどに比べると比較にならないくらい悪いんだけどね(笑)。
カセット2本をセットして多重録音を繰り返すと、特に。
ひどい時は私は1曲で20回近く音をかぶせたことがあった。
その時の音質たるや・・今の感覚では、とても聴けたもんじゃない(笑)。
でも、音質はともかく、あの手軽さは・・・やはり、大きな魅力だったと思う。今でも。
なくなってほしくない・・と思うのは、私の古さだろうか。
私が作ったオリジナルカセットは、少なくても23本以上はある。
それらのオリジナルカセットテープの中には、もう聞けないものもある。
紛失してしまったものもあれば、テープがよれよれになったり、切れたりして再生不可能になってしまったものもある・・。
とりあえず、中学・高校時代の私の声は、今とはけっこう違う。
聴いてて、オカスイ(笑)。
また、それらの時代のテープは、二度と帰らない(まあ、「今」も二度と帰らないのだが)十代の自分をテープの中に保存してあることになり、今となっては自分にとっては貴重なのだ。他の人にとっては、意味の無いものだけど(笑)。
それらは、・・今となっては、「音として残した日記」のようなものであるからだ。
あまりの拙さゆえに、とても今となっては人には聴かせられない。恥ずかしくて。
高校当時私は、友達とフォークグループを組んでいた。
当初3人編成だった。
3人とも曲作りをしてたので、3人がそれぞれ、この日記で書いたような自作曲を集めたカセットアルバムを競って作り続け、1本できあがることに貸しあっていた。
で、それぞれの「カセットアルバム」を批評しあっていた。
いい刺激になっていた。
互いのカセットに、気に入った曲があると、
「くそ~、やられた。」
「あ、先にやられてしまった。自分もいつかこういう曲を作ろうと思ってたのに・・」
「こういう歌は自分には作れないなあ」
「この曲は、自分が作りたかった」
「あいつ、いい曲作るなあ・・」
「自分なら、こういう曲はもっと良く作れる」
「この曲は、3人で活動するユニットのレパートリーとして取り上げたい」
だの、色んな思いを持ったものだった。
で、それが、その後の自分の曲作りへの励みにできたものだった。
ある意味、それは、3人でやってるグループで、どの曲を取り上げるか・・の品評会であり、品定めの手段であった。
「お前の前回のアルバムに入っていた、あの曲、俺たちのグループのレパートリーに加えようぜ」
となれば、しめたものだった。
他の2人はどうだったか分からないが、その「競い合い」は私にとっては宝物のような体験だったと思っている。
今思えば、それは「アルバムごっこ」みたいなものだったかもしれない。
ただ、当時気づかなかったことは・・・
ああやって、ひたすら十代の頃の時間を費やして作りつづけた「自作曲を集めたカセットアルバム」が、それから長い年月の後に、「十代の頃の自分の声を残したタイムカプセル」になっていく・・・ということだった。
考え方やその時の感情などは、日記として文章で残すことはできる。
容姿なら写真で残すことができる。
だが、声となると、文章や写真じゃ無理。
それらのカセットは、音や声が出る日記・・・そんな存在だ。
こうなったら、一生保存しておきたい。
で・・
いつか私が消え去る時には、このタイプカプセル・・ならぬタイムテープは、どうなるのだろう。
どうしたらいいだろう。
一緒に消え去ろうかな、日記のように。
それとも・・・。
もっとも、今は映像つきでも気楽に残せる時代になってるけどね(笑)。
昔は映像つきで残すとなると、そのための道具は高価で、貧乏学生には買えなかった。
若い頃の自分の声が残ってる音源や、自分の動く姿が残ってる映像、それは後になってけっこう貴重な記録になる。
時が流れるにつれ、そう思えてくる。
皆さんは、子供の時や若かりし頃の自分を、なんらかの形で残してありますか?
例えば、日記や写真以外で・・・。
なお、写真は、私が高校時代に作ったカセットアルバムの10本目のジャケット写真。
この回はシンプルなジャケットだったなあ。
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