毎週火曜日に全国30施設がウェブ上で最新の医学論文を批判的吟味する多施設ジャーナルクラブ、今週は当院集中治療フェローである上石医師が発表してくれました。
今回のお題は、ARDSの発症リスクがある外傷患者に対し“Sigh ventilationは臨床転帰を 改善するか”でした(The SiVent Randomized Clinical Trial JAMA 2023;330(20):1982-90)。
読者のみなさまは、Sigh ventilationをご存じでしょうか?
“sigh”で調べたところため息という和訳が出てきたので、sigh ventilationは さながらため息(人工)呼吸といった意味になるでしょうか?
ARDSの病態生理学では、不適切に低いPEEPで生じる無気肺から生じるAtelectraumaと肺胞の過膨張から生じるVolutraumaがその機序としてよく知られていますが、肺サーファクトの減少がその発症機序へ関与していることはあまり知られていません。
肺サーファクタントは、一定の換気量で人工呼吸を続けていると不活化されて肺胞が虚脱し無気肺(Atelectrauma)からARDSへ至るとされています。
Sigh ventilation(PEEPを増やす)を定期的に行うと、II型肺胞上皮細胞が刺激されて肺サーファクタントが増加し、Atelectraumaの予防が期待されています。
これまでの複数の先行研究では、ARDSに対する短期間のSigh ventilationが酸素化と肺コンプライアンスを改善し、その安全性も確認されました。
今回の研究では、P:人工呼吸管理を要する外傷患者を対象に、I: 通常の人工呼吸管理に加えてSigh ventilationを行った患者を介入群として、C:通常の人工呼吸管理のみを実施した患者を対照群として、O: Ventilator free daysを主要 アウトカムと設定されました。
本研究は、米国国防総省の資金提供の下、米国15施設の外傷センターで 2016年4月~2022年9月に行われた多施設非盲検無作為化試験です。
外傷で入院した患者のうちARDSの危険因子(①外傷性脳損傷、②1カ所以上の長管骨骨折、③ショック、④肺挫傷、⑤治療開始後24時間以内に血液製剤を6単位以上投与)のいずれかを認めた患者が対象となりました。
対象患者は、人工呼吸管理開始後24時間以内に介入が行われ、介入群ではSigh ventilationとして6分間に1回、5秒間のSigh volume(プラトー圧が35cmH2Oになる換気量)が呼吸療法士の監視下で行われました。
サンプルサイズは、先行研究結果から当初916名と設定しましたが、初回中間解析から544名に下方修正され、主要アウトカムであるVentilator free daysはWilcoxonの順位和検定で解析しました。
結果は、5753名の組み入れ患者のうち524名(介入群261名と対照群263名)が割付けられ、最終的に介入群259名と対照群261名が主要解析へ組み込まれました。
結果は、対象患者の背景に両群間の差はなく、平均年齢は44歳、75%が男性、リスク因子は60%が頭部外傷、41%が肺挫傷、36%が輸血、31%がショック、組み入れ時のP/Fは350、初回胸部CTで70%は異常所見なし、でした。
主要アウトカムであるVentilator free daysは介入群 vs 対照群で18.4 (IQR 7.0-25.2) vs 16.1 (IQR 1.1-24.4) [P=0.08]で両群間に有意差を認めませんでした。
副次アウトカムでは、介入群で28日死亡率が低い傾向 [介入群 vs 対照群: 11.6% vs 17.6%; OR: 0.61(95%CI, 0.37-1.00); P=0.05]だったものの、それ以外のICU free daysや死亡までの日数、合併症、死因、有害事象のアウトカムは両群間に有意差を認めず、サブグループ解析でも有意差を認めませんでした。
筆者らは、Discussionで主要アウトカムであるVentilator free daysに有意差が出なかった理由の一つとして統計学的解析で競合リスク法ではなく、従来のWilcoxon順位和検定を用いたことを挙げました。
また、Sigh ventilationのメリットとしてrecruit maneuverと比較し高い気道内圧の時間が少ないことで低血圧(や気胸などの肺損傷)を減らせることを指摘しました。
本研究の限界は、動脈血液ガスや画像検査の評価項目としていないこと、外傷患者に限定しておりARDS発症リスクも低い患者群であったこと、盲検化しておらず主要アウトカムの因子となる抜管タイミングは医療者に左右されること、などでした。
以上の結果から本研究の結論は、“ARDS 発症危険因子を有する人工呼吸を要する外傷患者においてSigh ventilation を追加しても VFDs は有意に増加しなかった副次アウトカムの結果からは忍容性が高く、臨床転帰を改善する可能性は示唆された”でした。
本研究の内的妥当性は、抜管を決定する医療者が非盲検化されているために情報バイアスがあること、研究資金の提供が途中で打ち切られて目標対象数へ達しなかったこと
、外的妥当性としては日本人を含むアジア人種が1%と少なく性別差も異なること、人工呼吸器が限られていること、などから内的にも外的にも妥当性に疑問が残る研究でした。
今回発表してくれた上石先生は、見た目の通り(?)ガッツのあるラガーマンで、ハキハキとした明るい性格と仕事へ熱心に取り組む姿から、スタッフにも愛されているフェローです。
今後も、One for all , All for oneの精神で若い力を存分に発揮し、ICUを盛り上げていってください!