ひとり言はつれづれに・・・

いつまで続けられるかわかんないけど~日記

複雑な贈り物

2012-11-04 08:49:11 | 詩のようなもの

ネットで車いすを購入した。

宅急便で届いた箱は思ったより大きかった。

ハッチバック型の荷台に積めるか心配。

とにかく点検。

ハンドル部分は後ろへ倒れ背もたれ部分と高さがそろいかなりコンパクトになる。

積み下ろしするのにも何とか一人でできる重さでひと安心。

父には内緒で購入。

腰椎管狭窄症と腰椎ヘルニアで何度も手術をしてきた父の足は、今やしびれのため感覚がない状態。

何とか杖と手すりを使って室内はほぼ自立した生活をしている。

とはいっても、いつ転倒してもおかしくない。

いつもベッドで寝ている父からは、生きる意欲が感じられない。

長年連れ添っている母が一人になるのが、不憫なのか何とか生きている。

そんな父に車いす。

難なく車に搭載できた。

内緒で、持っていく。

使うかどうかはわからない。

父は腕の力はまだまだあるので、自走には問題ない。

今住んでいる、住環境に多少問題があるので、一人で利用することは障害が多い

 

全く・・・。

 

歩いて数分のところに我が家が越せば問題ないのだが、そう簡単にはいかない。

自然の中で生まれ育った父。

小春日和には戸外へ出て四季の移り変わりをもうしばらくは感じてほしい

 

 

 


再開

2012-05-24 23:54:12 | 詩のようなもの

本日、離職票を取りに行きます。

退職は15日付なのに、今日できた。10日以内に発行してよね、チョット~

残りの失業保険35日分ゲットのため職安へ行かなければ。

今回の就業でかなりの人間不信となり、まったく再就職の気分にはならない。

読書やテレビ鑑賞などして、静かに日々を暮そうと思う。

ついでに、以前から仕事にかまけておろそかにしていたサークル活動も再開することにした。

点訳作業である。

点字を読める盲人が少なくなってきているいま、必要性は低くなってきているが、絶対必要な人もある。

というか、自分自身のボケ防止になるかな。

自分に活を入れるため、再開宣言をします


しょうもない日記 5月22日

2012-05-20 19:11:26 | 詩のようなもの

さて、今日は何をするかな。

出勤体制がないと、自主的に時間のメリハリをつけて一日の予定をなんとはなしにたてなければ間が持たない。

仕事の合間の休日感覚では、一日がまったく無駄に終わってしまう。

一応、専業主婦ということで、朝からいつもの弁当作り。

不景気のせいもあり、旦那は休みが多い。

ご飯を仕掛けるのにも弁当のあるなしで、残り加減が変わってくるので、仕切りひとつ隔てた台所から叫ぶ。

「明日、弁当要るの?」

最近目立って耳が遠くなってきた旦那。健診でも引っかかるくらいだから、かなり聞こえが悪くなってきている。

野球に没頭しているせいもあってか、返事がない。

顔を見て普通に話しかければ何の問題もないのだが、毎日のことだから…

子供たちも連絡なしに、寄り道するものだから、ラップに包まれたおにぎりが冷蔵庫にいくつもある。

まさか、冷ごはんを弁当に入れる訳にもいかないので、朝、何合炊くのかは些細な問題となっている。

家族全員が、麺なら何でもこい!の麺好きなのでご飯がないのは問題ない。

ご飯が残ってくると面倒なのである。

掃除や洗濯は好きなのだが、料理が苦手な私。

チャーハンなどはもってのほか。食感も味もあったものじゃなく、丼物は家で食べるものではないという概念があるので作る気がしない。

カレーは甘口でないと食べられないので、家族とは口が合わず、ハヤシライスには興味がない…。

文句たれの私にとっての残りごはんは、雑炊またはおかゆとなる。

これが結構量が増えるので、必然的に朝昼、時によっては夕ご飯までワタクシ担当になってしまう。

おかゆ系嫌いじゃなおけど、弁当に温かい白いご飯を詰めていると恋しくなるもので。

で、ーーー毎日毎日うるさいなあ…ーーーと旦那と子供に思われながらも、食事班担当として聞くのである。

ついでに、冷凍庫にはもち。

年末には、義母が正月用にと餅をつく。

単にかわいい息子や孫たちのため頑張るのである。

長年作っているので美味しいものであるが、雑煮以外はあまり食べない。

5,60個はいつも作ってくれる。腰痛をこらえて作った餅。断るのもなんなんんでありがたくいただくが、残りは冷凍庫へご入場。

春先には、お不動さんの餅まきでもらってくる(拾う)。ありがたいからとわざわざ冷凍保存して、帰省した折に持たせてくれる。

朱い点が付いた餅。食べないからといって断れないし、捨てられない・・・。

 

この夏、万が一にも節電のための停電が行われるとなると、冷凍食料品の買い出しや要冷蔵物のストックを考えながら買い物をしなくてはならない。

料理べたなわりに、食品の衝動買いをする性格には堪えるなあ。

ただ、肝に銘じたいのは飢えに苦しむ人たちのことをやはり忘れてはいけない。

目の前にあるこの食物を口にできることへ感謝を忘れたらあかんで、ワタシ。

 


一段落。

2012-05-17 14:28:57 | 詩のようなもの

退職願を提出してから今日まで45日。

受理されてから30日をもって退社と規定にあるにもかかわらず、希望は4月20日であるのになぜ本日になったかは、単に私の人徳なす処といいたいところだが、それは、「否」なのである。

哀しいかな、人員配置規定により収入の3割がカットされるという理由で、

「なにとぞ次がみつかるまで~~居って!どうしても嫌なら、名前だけでも!!」

ーーー あほか!そんな不正を働いて資格をはく奪されるのは、私やん。何考えてんねん。―――

ーーーごちゃごちゃ言わんと、イエスマンを早く探しなさい!---

 

就職難言えども、なかなかなり手のないワタクシの立ち位置。

おまけに相場より安い給料。残業も資格手当もボーナスもなんもつかへん所へ、やすやすと来るわけもなく。

しかしながら、ごねにごねまくったワタクシ。

ようやく5月10日に初顔合わせする運びとなり、引き継ぎもそれなりに終了。

いうても、たったの4ヶ月分なので。

この方も未経験…おまけにパソコンはぼちぼち…気のよさそうな人で、おまけにやる気満々!

ーーーもう少し、肩の力を抜いてもいいんじゃないでしょうか?ーーーと思わせるほどまじめな感じ。

しかしながら、ワタクシ、自慢じゃないが人を見る目はない。

無責任ながら、仕事内容というより喧しい外野に潰されることのないようにと願う。

10日。これで、やっと済んだ。と、事務所へあいさつに。

異様な展開に。

開設当時からのスタッフなので、何かと重宝するからと、「辞めないでおくれ」と大お局に泣きつかれる。

3万円値切交渉まで織り交ぜて・・・

 

目がテンとはこのこと。

 

どこまで人をコケにしたら気が済むねん

あほくさすぎて、その場では「ハイハイ」と適当にうなずき、あとで直属の上司に話をする。

大お局。自分の出した条件を丸呑みしてくれたと思い込み、ワタクシの意思確認もなしに他のスタッフに伝える。

いきさつをちょっとだけ知ってるスタッフからは、

「どうなってんの?こんな・あんな条件でいうてるで…」

「なんで、あんたがそんなこと知ってんのよ!こっちが聞きたいわ!」と以前から胡散臭いと思っていたスタっフだが、心情を吐露し

(更年期障害なんか、もともとの性格からかわかりませんが)ぶちぎれさせていただきました。

それから、不眠に加え微弱電流が流れているように身体にしびれがでだす。

上司に「もう無理です。辞めます。」と電話で伝える。

そして、今日。「5月いっぱいまでどう?来れる時だけでいいから」といわれるが、大お局と喧しい外野と再び合わなければならないことを考えると…

「精神的に出勤は無理です」と話す。

3月半ばから、上司には辞めたいと訴えていたので、気持ちは分かってくれた。ほっとした。

何日付でもいいからと、離職票の作成を催促する。

上司からも

「短期間でもいろんなことがありましたね。こんな凝縮された時間を過ごすとは、僕も夢にも思ってなかったです。」と。

納得できなかったことも、土産話にきくことができた。

ここへきて、やっとまともな言葉を聞き、胸の閊えが取れた。

心から感謝の言葉と礼ができた。

だから、人生の絶対時間は少なくなるばかりだが、まだまだ絶望せずに再出発できそうだ。

 

 

 

 

 


酔いも覚めて…いま①

2012-05-12 09:44:09 | 詩のようなもの

正月早々に竣工式を行うということは、新規開設の事業所である。

開設予定は昨年の秋が予定だったらしいので、実際はかなり遅れている。

助成金や開設申請の許可などの関係で、建設工事も遅れ、箱の見かけは立派だが、突貫工事で粗い仕事が目につく。

ともかく、大きな箱もの。手抜きの無いよう基礎重視で、内部の造作はそれなりでという、暗黙の了解があろうかと思う。

工賃も値切りに値切っていることだろうし。

内装は高級家具を配置し、調度品もそれなりに銭がかかっている。

玄関エントランスには、観葉植物に胡蝶蘭の鉢植え、カサブランカやのよくわからないが派手な切り花がてんこ盛りに盛られた花かごが次々と届き、所狭しと置かれている。

箱と家具とお飾りはそろった。

一番大切な人材は…。

昨年開業ということで、スタンバイしていたスタッフは、やっと仕事ができるということで、給料がまともに入ることを期待していた。

それまでは、開設に関わる人材育成のための研修などの参加にのみ日当が払われる状態だった。

12月31日ぎりぎりまで前の会社で働き、1月4日から新たな気持ちで入社した男性スタッフ。

11月から働けると思い、12月支給のボーナスをもらわずに10月に退社し転職してきた女性スタッフ。

長年勤めた会社より条件の良い給料を提示され、ヘッドハンティングされた中年男性スタッフ。

他にももろもろの事情を抱えた外国人スタッフや引き抜かれてやってきたベテランスタッフなどが全員集結したのが、1月4日でした。

12月の半ばの顔合わせで紹介し合った人の中からすでに消えた人もあり、「なんで?」「やっぱりな・・・」が入り混じる。

同僚となるべくスタッフではあったが、私が関知するところではなく潔い決断に、よい再就職が待っていることを願うばかりでした。

偉そうになぜそう思うのかは、実に単純に夢に見るほど、\\\ここはやばい!自分には合っていない…辞めたほうがいい…ダメダメ///

わたしの第6感が微妙に訴えかける。

なのになぜに出発しだしたのかは、単に銭に目がくらんでしまったからです。

ここからが、またまた、しょうもない話に突入です。